『落下物と男の夢』


「信じられない……信じられない……信じられるもんか……」
タッシーの背に乗り、悠然と湖を進みながら、少年は自分の状況にまだ納得がいきません。
「(臆病だなぁご主人は。落ちたりしないから安心しろって!)」
「そうじゃないよ!なんでとっくの昔に絶滅したはずの恐竜が、
 こんな間抜け面で呑気に暮らしている筈……あ、すいません。」
タッシーにぬぅっと顔を近づけられ、少年はつい謝罪しました。
タッシーはとくに怒った様子もなく、(といっても、ずっと同じ表情なのですが)
のんびりした笑顔のまま、ゆるりゆるりと進んでいきます。
やがて、向こう岸にたどり着きました。少年とモンキーが岸に降りたのを確認すると、
タッシーは笑顔のまま、のんびり向こうを向きました。
「あ、あの……!」
少年の言葉に反応し、タッシーはゆるりと此方を向きました。
「あ、ありがとう……」
タッシーは小さな目をゆっくり瞬かせると、長い首をちょっとだけ下げました。
少年もつられてお辞儀します。
――そしてタッシーは、ゆるりゆるりと遠ざかっていきました。
少年は眼鏡を外して瞬きし、タッシーの去っていった波の後を眺めました。
「夢……じゃ、ないよな?」
謎の声、ガムで浮くサル、そして恐竜。少年は、それまで「常識」としてきたものが、
音を立てて崩れていくのを感じました。しかしそれは悲しみではく、寧ろ嬉しい物でした。
(まだまだ、知らないことだらけだ……)
少年は眼鏡をかけ直して微笑むと、タッシーの去っていった方へ、改めてお辞儀しました。
「(何してるんだよぅ!早く行こうぜ、ご主人!)」
モンキーに急かされ、少年は雪道を駆け出しました。

「なんだこれは。」
「(こいつがイカに見えんのかい?タコに決まってんだろ!)」
「そんなことは分かってる!なんでタコが行く手を阻んでいるのかを訊いてるんだ!」
南へと続く道は、間抜け面したタコに塞がれていました。
押しても引いてもびくともしない鉄のタコ。バンバンガンで撃ってもつるりと無傷です。
「あぁあ、もう腹立つなぁ!……痛っ。」
苛々して蹴飛ばしたら思いの外固く、少年は爪先を押さえて唸りました。
「(ご主人〜。カルシウムが足りないんじゃねぇのかい?ほれ、ジャコ。)」
「いらないよ!」
どこから取り出したのか小魚を差し出すモンキー。
それをちらと睨んでから、少年は辺りを見渡しました。
「とりあえず……ここに入ってみるか。」
怪しげな洞窟。しかし抜け道になっていそうな気もします。他に道もないし…。
少年達は洞窟へと入っていきました。
「ようこそ!私の低予算ダンジョンに!………ブリック・ロード。」
「………。」
洞窟を入って直ぐ、ぽつんと立った看板には、手書きの字でそう書いてありました。
「低予算……ダンジョン……?」
「(迷路みたいなもんだろ?面白そうだぜご主人!)」
モンキーはてててと走り出しました。
洞窟の中は思ったより明るく、石や岩で、一応「道らしき物」が作られています。
「つくづく、暇な人もいたもんだな……」
少年は溜息を付いてから歩き出しました。

「(後だご主人!)」
ばしゅうっ!
少年のバンバンガンが命中し、ぐれたネズミは大人しく逃げていきました。
「(お見事〜♪)」
モンキーがぱちぱちと拍手しています。
「拍手じゃなくて、お前も少しは役に立てよ。」
と、呟いた少年は、ふと有る物に目を留めました。――プレゼントの、箱。
白い箱に赤いリボン。昨日トニーが開封しまくっていた物とよく似た、
紛う事なきプレゼントの箱です。
「(お?プレゼントだぜぃ!開けてみよう!)」
「ま、待てよ!誰の物かわからないだろう。それに、落ちてる物を盗るなんて……」
モンキーは目をぱちくりさせました。
「(何言ってんだいご主人?ダンジョンの行き止まりにはプレゼントの箱。常識だろ?)」
(………。もう常識って言葉の意味すらわからなくなってきた……。)
プレゼントの箱には、おいしそうなバターロールが入っていました。
半分こにして、おいしくいただきました。
(もう僕は、多少の事じゃ驚かないぞ。)
バターロールを頬張りながら、少年は心に誓いました。

つっぱりダックは、何かをぐるぐると回しました。
「……?」
何かをするのかと身構えましたが、特に何かが起きる気配もないので、
少年はバンバンガンを発射しました。つっぱりダックはぐわわわ!と逃げ去ります。
「何なんだ?」
何か腑に落ちない物を感じながら、少年はまたしても置いてあるプレゼントを開けました。
「(あいつはなぁ、超能力を封じる、なかなか面倒なアヒルなんだぜぃ。)」
「超能力……?」
「(ま、ご主人にもそのうちわかるさ。それよりその中身!食い物か?食い物なのか?)」
「……。」
サルより知識が乏しいというのは、かるく落ち込むものがあります。
「残念〜、殺虫スプレーでした〜!」
ちょっと意地悪く、少年はスプレーの缶を振って見せました。
「(なんだよ〜期待させておいて。お?あっちにも何かあるぜぃ?)」
モンキーはてててと走り出しました。少年が鞄にスプレーをしまっていると、
「(ご主人〜!)」
モンキーの声。
「またか……。」
どうせ敵を連れてきたのだろう。少年は溜息を付いて、声の方へと向かいました。

「なんだ……これ?」
紫芋ソフトの様な物体。それが、もにもにと動いています。
「(オレナンカドーセ、だってよ。)」
「なんだよ、その後ろ向きな名前は!」
「(おいらに言うなよ。そう名乗ってんだから。)」
少年は再び口を開こうとして、固まりました。ちょっと考えてから、
「お前……動物?の言葉、わかるのか?」
「(そりゃ、おいらも動物だしなぁ)」
「だったら早く言え!」
少年に怒鳴られ、モンキーはまた目をぱちくりさせました。
「分かってるなら、説得するなり話し合うなり、なんとでも方法があるだろ!?」
「(え〜。あいつら凶暴だから、おいらの話なんか聞かないぞぉ?)」
「いいから。僕は平和主義だから、無益な戦いはしたくないんだよ。」
「(よく言うぜぃ……。)」
モンキーはオレナンカドーセの方へ向かうと、何やら会話を始めました。
オレナンカドーセはもにもにと動き……
「(駄目だご主人。こいつ後ろ向きすぎて会話が成立しねぇ。自分の立場考え出したぞ。)」
「はぁっ!?」
戦闘中に自分の立場を考える敵。少年は目眩がしてきました。
「(訳してやろうか?『俺なんかどうせ……トイレにあるやつと変わらないと思われて…)」
「もういい……切なくなる。」
少年はオレナンカドーセを見ないようにしながら、その場を離れました。

「(あ、ご主人!また看板があるよ!)」
モンキーは看板の元へ駆け寄っていきました。
「落下物に注意……」
少年は看板を読み上げ、上を見上げました。何かが落ちてくる気配なんて……
「……っ!!!!!!」
軽快な音楽と共に――――おじさんが降ってきました。
驚きで声も出ない少年を余所に、おじさんは見事な回転で着地。にぱあっと笑いました。
「撮るのも早い、駆けつけるのも早い、天才写真家で〜す。」
「は、はぁ……。」
少年は辛うじてそう返事しました。
「思い出の写真を撮りますからね?チーズ・サンドイッチ!」
「いや、なんでサンドイッチ……」
ぱしゃり。思わずツッコミを入れた少年の顔を、おじさんは見事激写しました。
「いや〜、イイ写真が撮れた。この写真はきっと最高の思い出になりますよ〜♪」
そしておじさんは、軽快な音楽と共に――――回転しながら飛び去っていきました。
ぽかんと見送る少年。モンキーは心配そうに、目の前で手をパタパタしてみせます。
「(大丈夫か?ご主人。)」
「僕……物理をやっていく自信がなくなってきた……」
おじさんは高い洞窟の天井へ、見えなくなってしまいました。



「随分と高級な物まで置いてあるんだな……」
少年は、プレゼントの箱に入っていたショックガンを眺めて呟きました。
バンバンガンより、ずっと威力があります。
「(あ、ご主人、出口だよ!やっぱ低予算ってだけあって簡単だなぁ。)」
モンキーの言う通り、出口の灯りが見えてきました。その傍らに……
「電話まであるのかよ……。親切というか、何というか……。」
少年はなんだか呆れた気分になりました。でも同時に、ガウス先輩の事を思い出しました。
「そうだ、電話。」
ちょっと連絡してみよう。少年は受話器を取りました。
「はいはいガウスの研究室。なんだジェフか。冒険の記録をつけてほしいんだな?」
少年は「まぁそんなとこです」と返事しました。
冒険の記録が何なのか、彼にはまだイマイチよく分からないのです。
「どうだ?うまいことやってるのか?」
「はい、なんとか……新たなる発見が目白押しで嬉しい限りですよ。ははは……」
少年は乾いた笑いを漏らしました。ガウス先輩は豪快に笑います。
「そいつぁよかったな!これからも頑張れよ!あ、でもあんまり無理はするなよ?」
「はい。」
少年はにっこり笑って頷きました。やっぱり頼りになる先輩です。
「じゃあな。また電話し……」
「ジェフぅぅううううううううう!!!!!!!」
きーんと、耳鳴りがしました。ジェフは受話器を遠ざけます。
言わずもがな、トニーの声です。ガウス先輩は押し退けられたのか、
「おっと!」と言う声と、何かが崩れる音がしました。
「無事!?怪我してない!?ちゃんと御飯食べてる!?僕はもう毎晩心配で心配で……」
「毎晩って……まだ一日だろ……。」
「君の居ない日々は、千年にも一万年にも感じられるんだよぉぉ〜いおいおいおい…」
少年は深く溜息を付きました。トニーは暫くおいおいと泣いた後、
「そうだ!やっぱり僕も一緒にいってあげるよ!タコさんウィンナーを入れた
 お弁当を持って、すぐにそっちに行くから場所を……」
がちゃり。少年は受話器を置きました。
寄宿舎の門が閉まっていて本当に良かった、と少年は思いました。
「(ご主人も苦労してんだなぁ…)」
モンキーが気の毒そうな目を向けていました。

洞窟を抜けた先には、ぽやんとした顔の男の人が立っていました。
「いやどうもどうも〜。おたくさん、お名前は?」
「ジェ、ジェフですけど……。」
男の人は、嬉しそうに少年に握手を求め、ふぅむと唸りました。
「ちょっと簡単すぎたかなぁ……?」
少年は気味悪くなって、ちょっと後ずさりしました。
「あの……何か御用ですか?」
「あ、こいつは失敬。わしはダンジョン職人のブリックロードといいやす。」
ブリックロード。どこかで聞いた名前です。
「あ……看板の……。」
低予算がどうのと書いてあった、あの看板です。
ということは、この迷路を造ったのはこの人なのでしょう。
「ダンジョン作りに命を賭けてるんでやんす。」
「は、はぁ……」
変わった職業もあったもんだ、と少年は思いました。
世の中にはこれだけの不思議が転がっているのですから、
ダンジョン作りに命を賭けている男が居たとしても、おかしくないはずです……多分。
「わしの技術とアンドーナッツ博士の知恵が重なれば、
 わしは人類史上初のダンジョン男になれるでやす。」
その言葉に、少年はぴくりと反応しました。
「アンドーナッツ……博士?」
「おや?ご存じでやんすか?この先にある研究所にお住まいなんですがね、
 わしのダンジョン作りにも協力してくれてるんでやんすよ。」
(………。一体何の研究をしてるんだ、あの人は……)
少年は適当に相槌を打ちながら、研究所のある方向に目をやりました。
「このダンジョンは、わしの夢への第一歩。それをアンタはクリアしてくだすった!
 感謝しているでやんすよ〜。」
ブリックロードさんは再び少年と握手しました。
「が、頑張ってください……」
「頑張るでやんす!じゃあ、いつかまた、ダンジョン男としてお会いしやしょう!」
ブリックロードさんは腕まくりをし、ダンジョンの中へと消えていきました。
「はぁ……。え?ちょっと待って!ダンジョン男って何!?」
少年の声は、ダンジョンの闇へと消えていきました。







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