『新しい友達とお化けテント』 片手にコップ、片手の指の間にさいころを挟み、ポーラは凛とした声で言いました。 コップにさいころを放り込んで一振り。すぱんっと地面に伏せます。 「さぁ、丁か半か!」 「半!」 少年の声ににたりと口を歪め、コップを取ります。 「五六の半!」 「あぁぁ〜、また負けたぁ〜……っていうかポーラ、もっと子供らしい遊び無いの?」 早くも次の賭けを始めようとしていたポーラは、ふんと鼻を鳴らしました。 「仕方ないじゃないの。さいころしか遊び道具持ってないんだから。 こんな薄暗いところでぼーっとしてたら、暇で死んじゃうわ。」 「でもさぁ、せめて双六とか……」 「没。コマとかマス目を用意するのが面倒くさいわ。さぁ、はったはった!」 ――その時でした。 ひゅるるるるる………ぼがぁああああああん!!!!!!!! 「!!!!!?」 天井をぶち破る轟音。空から降ってきたのは、銀色のつるりとした物体でした。 ……まぁ、すでに「銀色のぐちゃりとした物体」になっていますが。 少年とポーラは呆気にとられ、顔を見合わせました。 「何……?これ。」 少年はふるふると首だけ振って答えます。そんな二人の言葉に反応するように、 銀色の物体中央部分が、がたがたと音を立てました。思わずびくりとします。 「だぁぁああぁびっくりしたぁあああああ!!!!生きてる!?生きてる!? 僕生きてるぅぅぅううううう!!!!!ひゃっほぉおおぅいっ!!!!」 銀色の残骸を突き破って出てきた少年は、何故か生命の喜びを叫びました。 高々と掲げた拳が、彼の恐怖を物語っていました。 「何がスカイウォーカーだよ!!!あぁあっ!?これは着陸じゃなくて墜落っつうんだよ、 あのドーナッツ親父がぁあああああ!!!!!!」 「あのぉ……」 少年はおずおずと声を掛けました。銀色から飛び出してきた眼鏡の少年は、 はっとして此方に向き直り、少し頬を染めました。 「い、いや………ちょっといろいろあって……」 「そ、そうなんだ……」 気まずい沈黙。少年はぽりぽりと頬を掻きました。 「あ、あのさぁ、僕は……」 「ネス、だろ。」 眼鏡の少年は、まだどことなく照れくさそうに言って、咳払いしました。 「説明はいらないだろ。僕はジェフ。君たちに呼ばれたから来た、それだけだ。」 少年は改めて、ジェフの姿をマジマジと見ました。 金色の髪に賢そうな顔。所々焦げてはいますが、きっちり着られた深緑の制服。 肩から提げた鞄には、工具と本らしき物が詰まっています。 (ああ、この子が……) 少年はにっこり笑って、手を差し出しました。 「新しい、仲間だね。」 ジェフはその手を不思議な物でも見るように眺めてから、 何処かふて腐れたように視線を逸らして言いました。 「僕は非科学的な物の存在は信じない達だった。でも……今の世界には、 未知の物が溢れかえっている。分からないまま放っておくのは我慢できない。 だから、付き合うだけだ。」 「うん、わかった。」 相変わらず笑顔の少年に、ジェフはちょっと困ったように咳払いします。 遠回しに「馴れ合う気はねぇぜ!」と格好を付けたつもりだったのですが、 あっさり受け止められてしまいました。 「あ、あのなぁ……僕は力も弱いし、目は強度の近視!怖がりだし無鉄砲だし、 はっきり言って、戦闘とか物騒なことは大嫌いなんだぞ!?」 「僕も喧嘩は嫌いだよ?」 「なんだよ、そのきょとん顔は。僕は役に立たないだろうって言ってんだぞ? そんなにあっさり仲間に入れてやるとか言って良いのか?」 「だって、仲間なんでしょ?ポーラが呼んだんだから。ね?」 少年はポーラを振り返りました。ポーラは自慢気に頷きます。 「当たり前でしょ。私のテレパシーに狂いは無いわ。」 ポーラはジェフに柔らかく微笑んで見せました。 「テレパシーでも伝えたけど、私はポーラよ。よろしくね、メカニックさん。」 ――全部、分かってるんだ。 何をしなくちゃいけないか、何のために自分が居るのか、お互いがどれだけ大切か。 「なんとなく」としか言いようのない感覚ですが、それを共有しているのが分かります。 ジェフは溜息混じりに微笑んでから、少年の手を握りました。 「頼りにしてるぜ、リーダー。」 少年は答えるようににっこり笑って………無表情になりました。 「いや、この状況で頼られるのはジェフの方だって。」 「………は?」 「ぼやぼやしてないで、早く鍵開けてよね〜。あ〜、地べたに座ってたからお尻痛いわ。」 ごきごきと腰の骨を伸ばすポーラ。少年は何やらもじもじしながらと扉へ向かうと、 急かすようにぱんぱんとノブを叩きました。 「鍵!早く開けてよジェフ。僕トイレ行きたいんだってば。」 「君等……人を何だと思ってんだよ。」 ジェフは項垂れながらも、健気にちょっと鍵マシーンを取り出しました。 ![]() 少年は手を翳して叫びました。 「PKズバン!」 ずばぁあああああん!!!!!! 「……。」 突っ立っているジェフを押し退けるように躍り出たポーラは、両手を広げました。 「PKファイヤー!」 ごごぉおおおおむ!!!! 「……。」 舞い上がる紅蓮の炎。ゴースト達は、すごすごと逃げ帰っていきました。 「はい、私達の勝ち〜♪」 「いぇ〜い♪」 「『いぇい』じゃねぇえええ!!!!」 ぱちんと手を合わせようとしていた二人は、ジェフの方を振り返りました。 「何だよ今のは!」 「だから、PKズバン。」 「説明になってない!何で人間の手から光線や火炎が発生するんだよ!」 「はっ。超能力に決まってるじゃない。」 「鼻で笑うなぁああああ!!!!超能力じゃ説明がつかな……あぁぁあっもうっ!!!」 ゴーストの存在だけでも驚かされているのに、仲間達の超能力戦闘。 誰も説明してくれない超常現象の嵐に、一人苛立つジェフは頭を掻きむしりました。 そんなジェフの肩を、少年は優しく叩きました。 「ジェフ、深く考えちゃけない。………はげるよ?」 「大きなお世話だ!!!大体君たちは物事をすんなり受け入れすぎなんだよ。 カブトムシのお告げを信じて行動?信じられない……もっと冷静勝つ論理的に……」 「ジェフだって、テレパシーを信じて来てくれたんでしょ?」 「う……いや、まぁ……」 俯くジェフのもう片方の肩に、ポーラが手を置きました。 「安心してよジェフ。私達だって、年がら年中超能力を使ってる訳じゃないわ。 それに私………どっちかって言うと、物理攻撃が好きなの。」 しゅこおおおお。飛んできた「良くないハエ」に殺虫剤をぶちまけながら、 ポーラは笑顔で言いました。 「………。」 「気を付けた方が良いよ。ポーラは敵達だけでなく、味方も幾度となくフライパンで撲… ……痛っ!ポーラぁぁ……こっちに向けないでよ。殺虫剤、目に入ったぁ……」 「あ、御免。」 「………。」 (僕、ここへ来ちゃって、良かったんだろうか……) どんより曇ったスリークの空を見上げ、ジェフは自分の毛髪が心配になりました。 「私は鬼とか悪魔さえ呼ばれたことのある男だった……」 ピカール市長に勝るとも劣らぬ、頭皮の光沢。おじさんは渋みたっぷりに言いました。 「だが、ゾンビの方がもっと怖い。幼い子供と女房置き去りにして、 このテントに逃げてきたんだ。それくらい……ゾンビは怖いってことさ。」 「最低だね、おじさん。」 少年のストレートな感想は聞こえないふりで、おじさんはふみふみ頷きます。 少年達がやってきたのは、スリークの中央にある大きなテント。 その名も「ゾンビ対策委員会本部」です。……支部はありませんが。 抜け穴の前にいた、見張りのゾンビ達。 それをなんとかしないことには、少年達も前に進めません。 何か手掛かりがないかとやって来たのですが、どうやら会議は行き詰まっているようです。 「ゾンビはどうやったら倒せるのかしら?あぁぁっ分からないっ!」 さっきの光沢おじさんのようにただ逃げてきただけの人もいるようですが、 部屋の中央では、本当にゾンビについて考えている人達が、難しい顔で話し合っています。 「そういえば、昔の漫画に出てきたような乗り物が飛んできて、墓場に墜落したらしいよ。」 ふと、そんな言葉が聞こえました。ジェフは思わず挙手します。 「あの……それ僕です。」 「えぇっ!君たちが乗ってたの!?へぇ〜……」 「うぅ……」 好奇の視線に耐えられないのか、ジェフは俯きました。 「つか、君たち……誰?何しに来たの?」 ポーラはふふんと笑って、フライパンを掲げて見せました。 「私達もゾンビを倒したいのよ。手伝ってあげるわ。」 大人一同は、何とも言えない気の毒そうな顔で苦笑しました。 「手伝ってくれるのは有り難いけど、子供じゃあねぇ〜……」 「何、その態度?なんならゾンビの前に、貴方達に強さを見せてあげましょうか?」 「「やめなさい。」」 腕まくりしたポーラを、少年とジェフは両脇から諫めます。 大人達は構わず会議を続けました。 「ゾンビをこのテントに集めてしまって、火をかけてはどうだろう? その前に、僕らがやられちゃうかな?ははは!」 未だいきり立つポーラを引き摺り、少年達はテントを後にしました。 「一カ所に集める……かぁ。」 少年はぽつりと呟きました。 「お、おいおいネス!子供が「火をかける」とか物騒なこと言い出すなよ!?」 ジェフの言葉は届いていないようで、少年は何か考え込んでいました。 ゾンビを倒す手掛かりは無いか、聞き込みを続けていたときでした。 「実は俺はよー、化け物共の味方になって働いてるんだ。」 「!!!」 話しかけたお兄さんのカミングアウトに、ジェフは凍り付きました。 少年は「それで?」と何食わぬ顔で話を聞き続けます。 「人間の方が負けそうだろ?自分の身を守るためには、ゾンビ側についた方がイイ。 奴等の大親分ってのが『はえみつ』って奴が好きで、集めさせてんだよ。」 「はえみつ?」 「ハエが集めたミツだよ。蜂が集めたら蜂蜜。ハエが集めたらはえみつだ。 化け物の親分は、こいつを嘗めてるからどえらく強いらしいぜ。」 「どえらく………。」 「憧れの表情をするなぁあああ!!!」 ジェフは目の開きが増した少年に、力の限り叫びました。 「ちょ、ちょっと興味を抱いただけじゃないか……」 「そんなばっちい物食べたら絶交だからね。」 ポーラの容赦ない一言に、少年はしゅんと項垂れます。 「そっちの化けテントの中に貯めてあるから、もうじき届けに行くんだ。」 「化けテント……?」 少年はお兄さんがアゴで示した方に目をやりました。 元はオレンジ色か赤色か。くすんだテントがぽつんと建っています。 「……。」 だっ。 「あ、ネス!」 駆けだした少年の後を、ジェフとポーラは慌てて追いかけました。 「駄目だ!ハエだぞ!?確実に下すって!」 「ネス!貴方、ハエが普段何にたかってるのか分かってるの!?」 少年はテントの前で立ち止まりました。ポーラ達はほっとして駆け寄ります。 「よかった……思いとどまってくれたん……」 がるるるる…… 地の底から響くような、低い低い唸り声。 「おぉ〜。」 呑気に見上げる少年。嫌な予感に汗を流しながら、二人は視線を動かします。 その先に言ったのは、ぱっくり開いた三日月型の口。 「な、なんでテントに口があんのよぉ〜……」 「なんで全部犬歯なんだよぉ〜……」 少年はバットを抜き取り、「化けテント」に向かって朗々と言いました。 「はえみつ、渡してもらおー!」 「やぁああっ!!!」 ばきいっ!化けテントは44のダメージを受けました。 化けテントが噛みついてくるのをひらりと交わし、ポーラは両手を広げます。 「PKファイヤー!」 ごごぉお!化けテントは85のダメージを受けました。 火の粉をあたふたと交わしながら、ジェフはショックガンを撃ちました。 「え、えいやぁ!」 ばぁぁん。化けテントは1のダメージを受けました。 「「1って!」」 「五月蠅いな!仕方ないだろ!レベルが追いついて無いんだよ!」 同時にツッコミを入れてきた二人に、ジェフは泣きそうな顔で叫び返しました。 「そ、そうだ!これ使えよ。僕が直したんだ。」 少年はジェフの投げたディフェンススプレーを受け取りました。 「ありがと。」 ディフェンススプレーを浴びると、少年のディフェンスが1上がりました。 がるるるる…… 化けテントもディフェンススプレーを使いました。 化けテントのディフェンスが4上がりました。 「…………。」 「なんだよ!言いたいことがあるならハッキリ言えよ!悪かったな、効果低くて!」 がるるるる…… 化けテントははえみつを吹きかけました。 「わ!な、何だよコレ……」 ジェフの身体は固まって仕舞いました。 「「………。」」 「溜息と共に頭を振るなぁああああ!!!何が言いたい!新人イジメか!?あぁっ!?」 ジェフは力の限りはえみつを引き剥がし、自由になりました。 鞄に手を突っ込み、じゃきんと何かを取り出します。 「どいつもこいつもコケにしやがって……本気を見せてやらぁああ!!!」 取り出したのは、ペンシルロケット5。鉛筆型のロケットで、五本セットです。 怒りにまかせて着火。しゅるるると火花を揚げ、ペンシルロケットは飛んでいきます。 しゅがぁああああん!!!! 化けテントに192のダメージ。ジェフは見事、化けテントを倒しました! 「「お〜」」 少年とポーラは、ふんぬぅと荒い息をしているジェフに拍手を送りました。 「やっぱり、ジェフは凄いなぁ。」 「最初から分かっていたわよ。貴方は強いって。」 「嘘つけぇぇぇ!!!何だその棒読みぃ!!!」 いきり立つジェフに、二人は思わず吹き出しました。 「御免、冗談だよ。でも、本当に強いんだね。」 「あのペンシルロケット?っていうの?あれを使いこなすのは難しいんでしょう?」 「え……。ああ……あれは……」 ジェフはちょっと照れたような顔で、ペンシルロケットを取り出しました。 「小さい頃から弄ってたから何となく使えるようになったんだけど、 確かに普通は大人でも難しい……って、これ僕が誉められてる訳じゃなくないか?」 「ネス、ゴミ箱があるわよ。調べてみたら?」 「あ、うん!」 「聞け!人の話を!」 少年はゴミ箱の蓋を開けました。じゃん!はえみつの瓶が入っていました。 「……。」 「食べないでよ?」 「た、食べないよ……。流石にどえらく強くても、この匂いは無いわ〜……」 少年は瓶の蓋を開け、うっと唸って直ぐに閉めました。 「これが大親分の好物かぁ。」 少年はリュックにはえみつをしまいました。 「え!?それ持っていくのかよ!?」 「ちょっと寄らないで……!やだぁ〜……服に匂いが付いたらどうするのよ!」 「酷いなぁ……」 少年はぶぅっと頬を膨らませました。 ![]() つづき→ |