『日射病と小さな出会い』


少年達は地下のトンネルを抜け、スリークの街へ戻ってきました。
「ふわぁ……」
三人は揃って、溜息をつきました。
スリークの街は、すっかり明るく、穏やかな街に戻っていたのです。
もんやりで、どんよりで、じめっとして、なんだか酸っぱい臭いがしていたあの街が。
「そこまで酷くはない!」
おじさんの声に振り返ると、ゾンビ対策本部の人達が勢揃いしていました。
おじさんは咳払いをしてから、少年達に歩み寄ります。
「こんな少年達に街を救ってもらえるとは……誰が想像しただろうか。」
そして少年達の手を握り、がっちりと握手しました。
「明るく平和にしてくれてありがとう!」
「私たち、貴方達のこと忘れません……」
「またきっと、スリークの街に遊びに来てくれますよね。」
降り注ぐ、賞賛の嵐。少年達が歩く度、いろんな人が話しかけてきます。
「ありがとうネスさん!」
「かっこういいぜ!」
「ヒーローだよ君たちは、すんばらしい!」
「えへ……えへへへへへ。」
「にやけるなよ。不気味だぞ。」
少年が頭をかいていると、ジェフが鋭く言いました。
少年はう〜んと考えてから、ぐっと拳を握ります。
「これは、調子に乗ってもイイと思う。」
「良いわけ無いだろ。まだ中堅を倒したに過ぎないんだ。僕らにはまだやるべき事が……」
「すいませ〜ん、こっちに視線お願いしま〜す。」
声の方向に視線を向けると、目がちかちかするほどのフラッシュの嵐がありました。
その真ん中で、ポーラがしっとりと微笑んでいます。
「サインは一枚25ドルね。取材はマネージャー通してちょうだい。」
「ポーラぁあああ!!!!」
ジェフに首根っこを引っ掴まれて戻ってきたポーラは、優雅に身を翻して言いました。
「いいこと、二人とも。ちょっと脚光浴びたくらいで舞い上がっちゃ駄目。
 超能力少女として名を馳せてきた私が、真のスターへの道を教えてあげるわ。」
「おぉぉ!」
「イイ反応よ、ネス。レッドカーペットは近いわ!」
「空の彼方指すな!何を目指してんだ、何を!ネスも乗るんじゃない!」
「「だって、これは調子に乗るでしょう。」」
二人は声をそろえ、頭をかきながらにやにやしました。照れているようです。
ジェフは大きく溜息をつきました。
「あのなぁ、二人とも。何のために旅に出たのか、覚えてるよな?」
「悪い宇宙人をやっつける為です。」
「そうだよ!だから僕らには、こんなところでニヤニヤしてる暇なんて無……」
「あの……」
ジェフの言葉を遮って、見知らぬ女の子がおずおずと進み出ました。
三つ編みで目のぱっちりした、とても可愛い子です。
「あの……私……お礼が……言いたくて。その……あ、ありがとうございました!」
女の子はジェフにぱっと花束を押しつけるように渡すと、
顔を真っ赤にして、「きゃー!」と走り去りました。
「………。」
ジェフは、ぽかんとそれを見送りました。それから、はっとして振り返ります。
少年とポーラが、じぃっとこっちを見ていました。
「う、うるさいな!」
「何も言ってないよ。」
「兎に角!先へ急ごう。」
ぎくしゃくと歩き出すジェフに、少年達は顔を見合わせてからついて行きました。

「化け物の親方をやっつけたから、トンネルのゴーストも消えたね。
 バスも通れるようになったよ。」
街の人の話から、どうやらフォーサイドへ続くトンネルが、
通れるようになったらしいとわかりました。
「前は酷い目にあったからなぁ。」
少年の脳裏に、あの悪夢がよみがえります。
お化けが一杯のトンネル。ポーラがパニックを起こし、バスは途中で引き返し、
挙げ句、料金は返してもらえませんでした。そこんとこが一番重要なのです。
「バス……乗るの?」
「何だよ、その懐疑的な目は。ネスって、乗り物酔いするのか?」
「ううん。ただ……奴等を信じすぎると痛い目見るぜ、若いの。」
「……。」
「私はバスで良いわ。早いし、楽だもの。お化けはもう居ないんでしょ?」
「じゃあバスに決定。すいませ〜ん、バス停って何処ですか?」
ジェフはとことこと通行人に寄っていきました。少年は、ちょっと頬を膨らませます。
「僕がリーダーなのにぃ。」
「妬かないの。大将はどぉんと構えて、雑務は下々に任せればいいのよ。」
「おい、聞こえたぞ。誰が下々だ。」
ジェフは白い目を向けながらも、通りすがりの三人組に声を掛けました。
「バス停……ね。」
声を掛けられた女の人は、ふぅと溜息をつきます。何かあったようです。
「バスが通れるようになったから、ツーソンから来たんだけど……
 来ない方が良かった。」
その隣には、なんだかべったりくっついている男女が居ます。
その男の人の方が、歪な形のサングラスをてらてらさせながら言いました。
「昔のノカジョがソンツーから追いかけてきてさ、ターマイツだよ。」
「たいまつ?」
少年が首をかしげているのに気付きもせず、男の人は続けます。
「今は此奴と付き合ってるのにさ。」
「ふふっ、この人って格好イイでしょ。バンドやってたことあるのよ。」
女の人も、さらにべったりしながら言います。ジェフは呆れ顔で、二人を見ました。
「いるよなぁ、軽音楽やってれば格好イイと思ってる奴って。」
「………。」
少年は男の人を、しげしげと眺めました。男の人はにやにやしながら「何?」と訊きます。
「バンドって……ギター?」
「ん?ああうん、そうそう。ターギだよターギ。すげぇんだぜ、俺の指さばき。」
「ふぅん。メーカーは何処の?フラペチーノ?ポンデリング?」
「へ?ああ……ええと、そう。ぽんで……なんとかって奴?やっぱそれに限るよな〜。」
「…………へっ。」
「な、なんだよ鼻で笑いやがって!」
息巻く男の人を捨て置き、少年はツーソンから来たという女の人に向き直ります。
「人生いろいろ、男もいろいろ。」
「そう………そうよね!」
ぱん!
「女だっていろいろ咲き乱れるのよね!」
「何で殴られたの……?なんで俺、今当然のように殴られたの?」
目を白黒させる男の人に見向きもせず、スリークの空に明るく輝く太陽を見つめ、
女の人は朗々と言いました。
「ありがとう、ボク。私、こんな唐変木のことは忘れて、新しい恋に生きる!とぅ!」
そのまましゅたたと走り去っていきました。
「………。」
ほっぺたを押さえて呆気にとられる男の人。
大きな溜息を付いてから、少年の首根っこを掴むジェフ。
ずるずる引き摺られながらも、少年は満足げに頷いて、親指をぐっと立てました。

一つの三角関係を垣間見て、大人の世界の複雑さを学んだ後。
少年達はバスに乗り込みました。どこからともなく、軽快な音楽が聞こえてきます。
「黒飴なめなめ黒飴なめなめ♪」
「ネス、静かにしてくれ。」
本を読んでいるジェフに窘められ、少年はちょっと口を尖らせてから、
外の風景を見ました。トンネルには、もう一匹のお化けも居ません。
トンネルを抜け、郊外の森を抜け、バスは順調に進んでいます。
もう一つトンネルを抜けると、それまで麗らかだった太陽の光が、
喧嘩でも売るように「かっ!」っと差し込んできました。
「う……。」
少年は目をこすってから、もう一度外を見ました。そして思わず「お〜」と呟きました。
真っ直ぐに伸びた道路。その両脇には、見渡す限りの砂漠。
何処までいっても砂漠でした。
黄色っぽい砂が一面にうねっていて、ぎらぎらと光を反射しています。
見ているだけで汗が出てきそうです。
「凄いなぁ。ほら、見て!」
「今忙しいの。」
ポーラは、日焼け止めクリームを塗りたくっています。
少年がつまらなそうに窓に向き直った時。
――ききぃっ!
バスが急に止まりました。慣性の法則で、少年は椅子からごろごろ転げ落ちます。
「おいおい、大丈夫かよ。」
ジェフに苦笑いしながら助け起こされ、少年は外の様子を目にしました。
両側には見渡す限りの砂漠でしたが……正面には、
見える限りに車がひしめき合っていました。渋滞です。
「いやぁ、混んでる混んでる。」
運転手さんはぽりぽり頭をかきました。
「俺は運転が仕事だし、降りるわけしゃはいかねぇけど、
 アンタ等が降りちまって、砂漠を歩いていくのは自由だ。ここは自由の国さ。」
ぷしゅうぅぅ……
ドアの閉まる音。
「え?え?歩けってか!?ここから砂漠歩けってのか!?」
ジェフが何を言っても、バスの扉はもう、うんともすんとも言いません。
「6ドル……」
少年は恨めしそうにバスを見上げました。
ポーラはふぅと溜息をつき、手をかざしながら空を見ました。
「諦めましょ。歩いた方が早いわ。」
「暑い〜……」
「6ドル〜……」
「みっともない真似しないの。さぁ、行くわよ!」
バスに縋る少年達は、ポーラに引き摺られるように、砂漠の方へと歩き出しました。

渋滞の原因は、バッファローの横断と言うことでした。少年は汗を拭きながら呟きます。
「今日の夕飯は……牛肉にしようね。」
「ネス、自然現象相手に怒るんじゃない。無駄な体力を使うだけだ。」
斜め上を見ることすら出来ないほど、太陽はぎらぎら照りつけています。
「うぅ……あっついなぁ……。ポーラ、大丈夫?」
「え?あぁ……うん。」
振り返ると、ポーラはぼんやりと答えました。なんだか目の焦点が合っていないようです。
ジェフが目の前でぱたぱた手を振ってみましたが、どうも反応がありません。
「まずいよ。多分これ、日射病だ。」
少年は小さく息をのんでから、手を差し出します。
「ヒーリング……?」
「それも良いけど、涼しいところに行く方が先決だ。
 丁度ドラッグストアがある。あそこに行こう。」

少年は財布を手にしたまま、目をぱちぱちさせました。
「え?いくら?」
「ええ、ぬれタオル一つ、24ドルになります。」
ドラッグストアのおじさんは、手をもみもみしながら言いました。
「ちっ。ぼったくりが……」
ぬれタオルを三個買って、少年はポーラ達の所へ戻ります。
赤く火照った顔にタオルを押し当て、ポーラは溜息を付きました。
「ありがと……。ふぅ……生き返るわ〜。……って、ちょっとネス!
 おじさんじゃないんだから、おしぼりで脇まで拭くの止めなさいよ。」
「だって……汗でべたべたなんだよぉ。」
少年は首の後ろをごしごしやりながら答えます。
「あ〜あ……チューペットが食べた………何?」
ジェフがじっと見ているのに気付き、少年は手を止めました。
「ネスが割と元気な訳が分かった。……帽子だ。」
「ぼうし?」
少年は赤い野球帽を見上げます。
「帽子は日射病を防ぐ効果が高いんだ。」
「何それ。狡いわよ、ネスだけ……!」
「はい。」
少年はすぽっと、ポーラの頭に帽子を被せました。
「え……?」
「帽子被ってても暑いけど。もう病気にならないように。」
「あ……ありがと。」
ポーラは帽子をぎゅっと引き寄せて、ちょっと下を向きました。
「よし。行こうか。」
少年はリュックを背負い、元気よく言いました。
ジェフはポーラをちらっと見てから、おずおずと呟きます。
「あの………僕も帽子……」
「男は我慢!」
「………。ですよね〜……。」

頭に被った白い布が顔を覆い、その手をだらりと下げたまま、
足を引きずるようにして、うなだれた人間達が歩いていく………
「信仰宗教……?」
ポーラは思わず言いました。
「仕方ないだろ……暑いんだから。」
ぬれタオルを被ったジェフは、どんよりした目で見上げました。
「それにしたって……絵面が怖いわよ。」
「あ……おばあちゃ〜ん……凄いお花畑だね〜」
「ネス!それはきっと見えちゃいけないものよ!」
ポーラは少年の頬をばしばし叩きました。
「あれ?でも本当に何かいる。」
「ジェフ……アナタまで……」
「ちょっと待って!本当にいるんだって!だから振り上げたその手を下ろしてください!」
ポーラはジェフの指さす方向を見ました。
そこにちょこんと立っていたのは……
――おさるでした。
「クッククック(ようこそここへ)キッキキッキ(そこの穴の下は僕らの楽園)
 クックキッキ…(偉大で優しいタライ・ジャブ様が)
 キッキクック…(なんでも知ってるタライ・ジャブ様が)
 キッククッキ(僕らのために作ってくれた地下室なのです!)」
「……だってさ。昭和の歌みたいだな。」
「「………。」」
「退くなよ!僕だってなんで猿語が分かるのか分かんないんだからさぁ!」
ジェフの通訳により、おさるの目の前にある穴の中には、
どうやら凄い人がいるらしいことが分かりました。
少年はう〜んと考え込んでから、
「ねぇ、ジェフの名字ってひょっとして……モンキー・D……」
「違うよ!兎に角、少し休ませて貰おう。」
ハシゴを下り、穴の中へと降りていきました。

「あ!浮いてるおじさんがいる!」
「ネス!アナタまた見えちゃいけないものが……」
掛けだした少年の後を追って、ポーラ達は絶句しました。
本当に、浮いてるおじさんがいるではありませんか。
白いお髭のおじさんは、何とも言えない笑顔を浮かべたまま、ほあんと宙に浮いています。
その前に、突如おさるが立ちふさがりました。
「(タライ・ジャブ様は只今断食と、無言の行と禁酒禁煙をなさっておられる。
 邪魔をなされませんように!)」
「無言のぎょう……?」
少年はおじさんに近付いて見ました。
「おじさん、何で浮けるの?」
おじさんは何も答えません。
「聖職者が、普段は酒もタバコもやるのかよ……。
 まぁ、僕らには関わりがなさそうだ。ある程度やすませて貰ったら、先を急ごう。」
「………ふぅ。」
「〜〜〜っ。」
「ネス。止めなさい。」
おじさんの耳に息を吹きかけていた少年を、ポーラがずるずると引き摺っていきました。
「この技を持っても声が出ないとは……無言の修行、恐るべし。」



「たあああっ!」
べきぃっ!少年のバットが見事命中し、おあいそUFOは破壊されました。
「にたにたしてんじゃないわよ!」
ポーラのフライパンが唸り、トサカランも大人しくなりました。
「「………あつぃ〜……」」
「勝ちどきを上げる元気もないか……。」
うなだれる二人に、ジェフは苦笑しながらぬれタオルを差し出しました。
「いつまで続くのよ……この砂漠。」
「もうそろそろ抜けてもイイ頃なんだけど……」
少年が地図を広げた時でした。ふと、視界の端に、もぞもぞ蠢く黒い何かが入ったのです。
「虫……?」
少年が顔を近づけると……
「こんな広大な砂漠で、ちっぽけな黒ごまに話しかけてくれるなんて……」
「……!!!!」
少年は思わずのけぞって、尻餅をつきました。砂埃がぼふんと上がります。
「何やってんのよネス?」
ポーラの言葉も耳に届かず、少年は黒い点に再び近付き、目をこらしました。
「ごま?」
「ごまです。」
「胡麻?」
「胡麻です。」
「胡麻油?」
「にもなれます。絞ればね。」
「………。」
少年は、ふぅと一息つきました。
「カブトムシが喋るんだから、胡麻くらい、ね。」
「何を諦めきった顔をしているのか分かりかねますが、小さき者にも目を向けてくださる
 貴方にどうかお願いしたいことがあります!」
黒ゴマは大きく手を広げ、朗々と歌うように言いました。(言ったような気がしました)
「私は、この砂漠の何処かにいる、昔冷たくした白ごまに謝りたいのです!」
「白ごま……?」
「そう!あの頃の私は素直になれず……彼女に……あんな仕打ちを!
 くぅぅ……。だからどうか!白ごまを見つけたら伝えていただきたいのです!」
「無理無理無理。」
少年はぱたぱた手を振りました。
「神話の神様だって、そこまで無理難題頼まれてないよ。」
「た、確かに私たち胡麻は砂粒サイズ……でも、愛は海よりも広い!
 偶然でも良いのです!どうか、どうかお願いします!白ごまを探してください!」
「………。はいはい。運が良ければね。」
少年は力なく呟きました。
白い点に出くわす事なんて、多分無いだろうと思いながら。

「ネス……?何きょろきょろしてるの?」
「ああ……うん。何となく。」
無理とは分かっているものの、探してしまうのが心理というもの。
少年は油断なく辺りを見渡しながら歩いていきます。
「う〜んぐむぐ……やっぱり見つからないなぁ……んぐ。」
「おい、ネス。何食べてるんだよ?」
「うん?そこのプレゼントの箱に入ってた、ダブルバーガー。」
「「……。」」
ジェフとポーラは開封されたプレゼントの箱を見ました。
包装紙とリボンが黄色っぽく変色し、かさかさになったプレゼントの箱を。
「それ、この砂漠にどれだけ放置されてたの……?」
「止めろネス!出せ!食うな!」
「え〜?大丈夫だよ。ゴミ箱に入ってたオレンジジュースだってなんてことなく……」
その時です。視界の端に、何やら光るものが映りました。
(白い点……!?)
少年はおそるおそる近付き、それを拾い上げました。きらきら光るもの、それは……
――コンタクトレンズでした。
「………。ふん!」
少年は何となく腹が立って、コンタクトレンズを「びべしっ」と叩き付けました。
「ちょっと待って。ネス、今捨てたのって……ひょっとしてコンタクト?」
ポーラが何か思いついたように近付き、コンタクトレンズを拾います。
「そうだけど……?」
「これ、見てよ。」
ポーラは近くにあった看板を示しました。
(このドコドコ砂漠でコンタクトレンズを落としました。
 おばあさんの形見でとても大切にしていたものなので
 見つけて届けてくださったらお礼をします。)
「砂漠でコンタクトって……滅茶苦茶な頼みだよな。」
「う、うん……。」
白ごまを探している身として、少年はなんとなく目を逸らしてしまいました。
「でも、実際見つかったじゃないの。それ、絶対このコンタクトよ。届けてあげましょ。」「コンタクトが形見ってのもなぁ……フォーサイド・パン屋の二階
 ペテネラ=ジョバンニだってさ。」
「うふふ、金一封♪金一封♪」
鼻歌を歌うポーラの後を、少年達は溜息を付いてから追いかけました。







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