『キノコとリンゴと女の子』


目の前を、あるくキノコが通り過ぎていきました。
「………!」
少年は目を輝かせました。
なんでキノコが歩くのかとか、敵なのか味方なのかという話し以前に、
あるくキノコという物は、健全な少年にとってとても魅力的なのです。
ニンテンドー派なら当たり前です。少年は、キノコの後を追いかけていきました。

「おほほほほ!キノコを取って欲しいですって?」
看護婦さんは、少年の話を聞くなり大笑いをしました。
案の定、敵だったキノコに襲われ、何とか勝利した少年でしたが、
それから何となく上手く歩けなくなってしまいました。
ふらふらして、思い通りの方向に進めません。
おかしいなぁと思いながら歩くうち、ある家の窓に映った自分の姿に驚きました。
頭にぽっこり、キノコが生えて居るではありませんか。
慌てて引き抜こうとしましたが、すっかり根付いてしまったのか、
無理矢理抜いたら毛根が死滅してしまいそうな気がします。
(ピカールは嫌だ……)
少年は病院に向かいました。そして看護婦さんに事情を話したところ、爆笑されたのです。
「あのね、僕。キノコを乗せても、1UPはしないのよ?」
今度は諭されてしまいました。少年がとぼとぼと病院を出ようとしたとき、
「少年よ。そのキノコを売ってくれんか?」
後から、お爺さんに呼び止められました。地味な黒の服を着た、優しそうなお爺さんです。
少年はちょっと頭を見上げ、こくりと頷きました。こんなの有っても邪魔なだけです。
「そうかそうか。では…」
(……!)
いきなりむんずとキノコを掴まれました。まさか引っこ抜く気なのでしょうか。
「ほっほっほ。心配無用じゃ。」
少年が慌てふためいて離れたときには、キノコは既にお爺さんの手の中にありました。
一体どうやって、いつの間に抜いたのか、少年にはサッパリ分かりませんでした。
「ふ〜む、これはなかなか良いキノコじゃ。ほれ、お代じゃよ。」
少年はお金を受け取って、そっと頭を撫でてみました。なんともありません。
「信じようが信じまいが儂はヒーラーじゃ。病院で治せない病気なら儂の出番。
 またキノコを生やされたときなんかは、儂のトコに来るとイイぞ。」
確かに、病院には他にもちらほらキノコを生やしてる人がいます。
みんなどうやら、このお爺さんに取ってもらいに来ているようです。
「ねぇ君。」
一人のお兄さんに話しかけられました。
「僕の頭、キノコ生えてる?」
「はい。」
するとお兄さんはガッツポーズをしました。
「よし!恰好イイからこのままにしておこう!」
少年は変わった人もいるんだなと思いました。
(それにしてもあのお爺さん、キノコ……食べるのかな?)
自分の一部だった物を、お爺さんが食べる。なんだか複雑な気分です。
外は良いお天気。ツーソンの賑やかな町並みが広がっています。
(まさかツーソンに来て最初に来るのが病院になろうとはなぁ。)
さい先の悪さを感じながらも、少年は地図を広げました。

「いらっしゃい!サイクルショップ・パンクだよ。」
なんとも不安な店名です。お店のお兄さんは見た目の柄の悪さとは対照的に、
とてもフレンドリーです。少年の肩をばしばしと叩くと、こそりと耳打ちしました。
「やっぱ今のヤングは自転車でしょう。移動は早いし、女の子にもモテモテ!
 君だって勿論モテたいだ……」
「はい。」
即答。少年だって男の子です。
「その素直な返事が気に入った!ただで貸すよ!」
なんという太っ腹でしょう。少年はお礼を言って、早速自転車に乗りました。
軽快な走りです。ベルもとってもいい音。思わず口笛を吹きたくなってしまいます。
(やっぱりツーソンは広いなぁ。)
オネットより大きな街なので、もっといろんな人がいます。
でもみんな、口を揃えたように言う名前がありました。
「やっぱり今はトンズラブラザーズだよな!」
「恰好良いんだよな〜!かね♪それはほしいもの〜♪」
「うちの娘もアイドルになるんだって言って、今、都会で
 なんとかナスって名前で歌ってるんだそうよ。
 ナス……じゃ売れないと思うんだけどねぇ……」
なんだかみんないろんな事情を抱えているようでしたが、
(トンズラブラザーズかぁ〜。見てみたいなぁ。)
勿論少年も知っている超人気バンド、トンズラブラザーズ。
黒いスーツに黒い帽子、サングラスという粋な男達六人組です。
噂に寄れば、デパートでチケットを買えるようです。
少年はベルを鳴らしながら、デパートへ向かいました。ところが、
「あら、S席も満席だったわ。御免なさいね〜」
満席とはがっかりです。折角来たので、少年はデパートを見て回りました。
流石はデパート、食べ物やバット、ぬいぐるみ等、いろんな物が売っています。
(なんだろう、コレ?スリングショット?)
少年は興味本位で買ってみました。外に出て、説明書を読みながら使ってみます。
(とても命中率の高いパチンコ。人に向けてはいけません、か。
 このゴムひもを引っ張って……あ。)
手が滑りました。パチンコ玉はぴゅーっと飛んで、
目の前を通ったおじさんの、輝く後頭部に見事命中しました。
「ご、ごめんなさい。」
少年が慌てて謝ると、おじさんはくぅるりと振り返りました。
「けへへへへ♪ボクゥ〜、聞いてくれよぉん〜。」
もわぁっとお酒の匂いがしました。どうやら酔っ払いのようです。
顔を顰める少年に、おじさんはのし掛かるように肩を組んできます。
「女房がさぁ〜俺が禿げてるっているんだよぉ〜ひどくなぁ〜い?全然禿げてないしぃ〜
 足も臭くないしぃ〜、同じ洗濯機で靴下洗ったって問題ないよねぇ〜?」
「知らないよ……。」
少年は自転車に跨りました。逃げた方が身のためのようです。
「あ。そうやっておじさんを無視するんだあ〜」
おじさんの目がすうっと細くなりました。
そこにきて、少年はおじさんの顔色が明らかに変なのに気付きました。
酔っぱらって気持ち悪いからというレベルではないのです。
着色料で色づけしたお菓子みたいな真っ青なのです。
「おじさん、怒っちゃうもんね〜!」
おじさんはふらふらと向かってきます。迫力はありませんが、なんとも困ったおやじです。
「必殺・桃色吐息………う。」
(うげ!)
おじさんはくだをまきました。少年のガッツが2下がりました。
「ふぅ〜スッキリした〜!さぁ、行くぞ少年!」
少年は面倒そうに、スリングショットを構えました。



(この人達も、宇宙人の影響でこんなんなのかなぁ?)
少年はぱんぱんと手を叩きながら思いました。目の前には今やっつけた地味な兄さん。
愛想良く懐いてきたと思ったら、身動きが取れなくなって苦労しましたが、
新しい武器の前には敵ではありません。
他にもがみがみしかりつけてくるおばさんや、ハブラシで攻撃してくるお兄さんなど、
みんな似たような顔色をしています。街中がこんな人たちで溢れてしまったら……。
これは急がないと大変なことになりそうです。
(でも、まずは行かなきゃならない所があるよなぁ。)
少年が自転車を飛ばして向かった先は、幼稚園でした。
ポーラスタ幼稚園。噂の超能力少女のおうちです。
(予想が正しければ、その女の子は……)
「御免下さ……」
「ポォォォォルァァァァァアアアアアア!!!」
扉を開けようとした途端、見事な巻き舌で雄叫びながら、おじさんが飛び出してきました。
慌てて飛び退かなければ、12メートルくらいは吹っ飛ばされていたでしょう。
おじさんは満面の笑みで此方を振り返りました。
そして少年を姿を見ると、「ちっ」と舌打ちしました。
「どちら様?」
(いきなり愛想悪い……)
少年はパワフルなおじさんに圧倒されつつ、何から説明しようか考えました。
「あ!さてはテレビ局だな!」
「え?いや、僕子供……」
おじさんはずんずんと近づいてくると、少年を睨み下ろしました。
「いいかうちの子は猿軍団じゃない見せ物じゃないんだよ今まであの子の力を利用しよう
 といろんな奴等が来たが全員ろくなもんじゃなかった取材の類なら一切お断りだからな
 いや取材じゃなかったとしてもましてや彼氏だ等と言い出した日には知り合いに頼んで
 ペンシルロケット20を手に入れドラム缶にそれを取り付けて大気圏外に射出してやる
 それでもうちの子に用事があるというなら言って見ろ今すぐにだぁぁあぁあ!!」
そして、噴水の如く唾を飛ばしながら一気にまくし立てました。
あまりの興奮に句読点すら忘れているようです。
少年は顔を拭きながら、怖ず怖ずと言いました。
「あ、あの……僕はオネットに住むネスと言いまして……。
 あのその、お嬢さん?に呼ばれた?様な気がして?」
ハテナだらけの少年の言葉に、おじさんはずいと顔を近づけました。
少年は思わずひっと声を上げます。そして、
「なんと!君があのネス君か!ポーラの夢に出てきたという!」
おじさんの言葉に、少年はきょとんとして目を瞬かせました。
「あの子はネスという名の少年にだけは会うと言っていた。今呼んでこよう!」
そのままばびゅんと部屋の中に駆け入ったかと思うと、またばびゅんと戻ってきました。
「いないようだ……一体どこへ行ったんだろう。嗚呼、ポーラ!!!」
おじさんはジタジタと地団駄を踏み始めます。
「あら?ポーラのお友達?」
綺麗な女の人が、ひょこりと顔を出しました。
「ああ、ママ!ポーラが何処に行ってしまったんだよ!」
おじさんはジタジタしながら言いました。
どうやらこの二人、ポーラのパパとママのようです。少年はぺこりとお辞儀しました。
「はじめまして。ぼく、ネスって言います。」
「まぁ!貴方がネス君なのね。ポーラはいつも貴方の話をしていたわよ。」
「え?でもあったことないのに……。」
ポーラのママは、くすりと笑いました。
「あの子にはそう言う不思議な力があるの。どんな子かと思っていたけど、
 ポーラの言うとおり、恰好イイ男の子だわ♪」
少年は何となく恥ずかしくて下を向きました。
「ママ!人誉めてる場合じゃないよ〜!」
「あらやだ、パパ。妬いてるの?大丈夫、私は貴方ひとすじよ♪」
「信じてるよ♪……ってそうじゃなくて!ポーラが居ないんだよ!?心配だろう!?」
ポーラのママは柔らかに微笑んで、窓の外を見ました。
「大丈夫、あの子には神様が付いてるから。」
ポーラのママは少年にウインクして見せました。
(なんというポジティブ。)
少年はぽかんと口を開きました。
「うわ〜ん!ママのメルヘンさんめ〜!イイよもう、私一人で探すから〜!!」
ポーラのパパは外へ走り去って行きました。
「あらあら、あんなにはしゃいじゃって、いつまでも子供みたいなんだから♪」
少年は自分の母を思い出し、女性という物の強さを痛感しました。
(でも、ポーラがいないんじゃ、あの声が誰なのか確かめられないなぁ。)
少年は再び自転車に乗り、辺りを探してみることにしました。

劇場、病院、デパート、バス停。
「やっぱり、それらしい人はいないなぁ。」
少年は幼稚園の前に戻ってくると、自転車を止めました。
「あと見てないところは……ん?」
目の前に見える看板。何かのお店でしょうか?
「やだ貴方、知らないのぉ?」
二人の女の子が、此方を見て話しかけてきました。
「彼処は天才発明家オレンジキッド様の家よ。」
「今時代はオレンジキッド様なのよ!」
「馬鹿でグウタラのアップルキッドじゃなく、ハンサムなオレンジキッド様なのよ!」
「「きゃぁああ!」」
(蜜柑少年かぁ……ん?)
家の前に、人が立っています。
「いかにも、僕が天才発明家のオレンジキッドだけど、何か用かな?」
女の子達は悲鳴に近い歓声を上げました。
(この人、ずっと見てたのかな?)
子供ではある物の、何処かのIT企業の社長みたいな風格がある少年です。
「ポーラって女の子、見ませんでした?」
少年は一応聞いてみました。
「勿論彼女のことは知っているけど、残念ながら今日はデートの約束はしてないよ。」
「知らないですか。じゃあさよなら。」
「僕は天才発明家なんだけれどもねぇ!」
黄色のリュックを掴まれ、少年は面倒そうに足を止めました。
話を聞いて欲しいみたいです。
「資金不足に悩んで入るんだ。だれかカンパしてくれる人を探して入るんだけれども。」
(新手のカツアゲ?)
少年はそのまま立ち去りたい気持ちで一杯でしたが、オレンジキッドと女の子達が
刺すように見つめてくるので、とても断りづらいです。
「………いくら?」
「なんと!援助してくれるのかい!君は何てお人好しなんだ!」
「止めようかな。」
「なぁんて心優しい少年なんだぁ〜♪このご恩は一生忘れないよ!200ドルね。」
オレンジキッドはパタパタと手を振り、お金を請求しました。
無駄使いにならないことを祈りながら、少年は200ドル手渡しました。

「少年よ……」
寂しくなったお財布の残高を数えているとき、後から声がしました。
振り返ってみますが誰もいません。
「ここだここだ。」
声のする方、下に目を向けると
(……ネズミ!)
なんとネズミがいるではありませんか。少年はスリングショットを構えました。
ネズミには散々追い回された記憶があります。
「待て待て少年。我が輩はマウス。敵ではない。今の経緯は見ていた、心優しき少年よ。
 是非我が主、アップルキッドを助けていただきたいのだ。」
マウスはほろほろと涙しながら言いました。
(かわいい。)
少年はマウスに付いていきました。
「ここだ。我が主は今にも死にそうなのだ。」
マウスは赤い屋根の家の戸を開きました。
「それならお医者さんに行けばいいの……にぃぃっ!!?」
少年は驚きのあまり変な声を出しました。部屋の真ん中に、人が倒れています。
「マウスさん、これは手遅れじゃない?」
少年が気の毒そうにマウスを振り返ったときでした。
「…べ物ぉ……」
倒れていた人が、苦しそうに呻きました。
「え?」
「食べ物を……お腹が減って……動けない……」
「………。」
少年は呆れながらもハンバーガーをあげました。
「ふぅ生き返ったぁ〜」
食べ終わると、倒れていた人、アップルキッドは満足そうに溜息を付きました。
ぷっくり太っていて愛嬌のある顔ではありますが、恰好はぼろぼろ、
部屋は散らかり放題で、なんだか酸っぱい匂いがします。
「君いい人だね。いい人ついでに、200ドルカンパしてくれたりもしない?」
「ああ、うん……えぇ!?」
適当に頷いてしまってから、しまったと思っても遅いです。
アップルキッドはぱちぱちと手を叩いて喜びました。
「うわぁ!いいぞ!これでずっごい発明が出来そうだ♪」
「そ、そう……よかったね……」
少年は渋々200ドル差し出しました。
「すっごい発明が出来たら、君に一番に知らせるよ。よぉし、頑張るぞ〜!
 ……その前に、もう一個ハンバーガーもらってもイイ?」
(………。まぁ金は天下の回り物だからね……。)
すっかり諦めた表情になって、少年はハンバーガーを差し出しました。
そこへ、すすすとマウスが寄ってきます。
「我が主がすっかり世話になった。つまらない物だがこれを受け取ってくれ。」
なんと礼儀正しいネズミでしょう。少年は、その小さな機械を受け取りました。
「それは『じゅしんでんわ』。受信専用の電話だ。何かあったら連絡しよう。」
「うん、ありがとう。」
少年はリュックにじゅしんでんわを仕舞いました。
外へ出ると、辺りはすっかり夕方。ポーラは……
――結局見つかりませんでした。







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