『お化けとゾンビと美人』 これからどうしたものか、と。 「ゾンビとゴーストで一杯の不気味な町、スリークへようこそぉおおお〜!!!!」 「ひゃぁああああああ!!!」 かい〜ん。 「いきなり何しやがりますかね……」 ポーラに側頭部をぶん殴られ、白い仮面をした青年は死んだ魚のような目で言いました。 「あ……あ?人…?」 ポーラは目を瞬かせて、改めてその人を見ました。 「殴ってから確認するんですかお嬢さん……」 「う、うるさいわね!いきなり飛び出してくる方が悪いんでしょ!」 フライパンを振りかぶって睨み付ける彼女に、青年はばたばたと手を振りました。 「そ、そんな怒らないでくれよ!俺だって好きでこんなところに立ってる訳じゃ ないんだから。こんな案内、看板だって出来るんだし……」 少年は改めて青年を見上げました。怪しげな出で立ちではありますが、 仮面の奥に見える目は悪い人でもなさそうです。 「ここは化け物の犇めく街スリーク。ちょいと怪しげな恰好でもしてなきゃ、 化け物の餌食になるんじゃないかと思ってさ。」 少年は首を傾げました。 「……なんで引っ越さないの?」 「俺にもいろいろあるんだよ〜。先祖代々の土地とかさ〜……ふぅ。」 「僕も借金があったり、ママがポジティブだったり、宇宙人に喧嘩売られたり大変なんだ。」 「そうか……。お互い頑張ろうぜ、ボウズ……」 「何和んでのよ。」 ポーラが後から二人を小突きました。 「ねぇ看板男。この街に超能力少年とか、すんごい強い格闘家とかいない?」 「看板男って……。う〜ん、聞いたことないなぁ。あ、でも凄い人なら墓地に一杯居るよ。」 「ぼ、墓地…?」 「うん。死して尚元気に動きまわる若々しき人々、ゾンビくんとゴーストさん。」 「成る程、有る意味超能力だ。」 「納得するんじゃない!」 ポーラは再び少年をフライパンで小突きます。 「ま、冗談はともかく、外を歩くときは気を付けた方が良いよ。特に墓地の辺りは危ない。」 少年はふむふむと頷き、ポーラは泣き出しそうに顔をゆがめました。 カタカタカタタタタ………。ケケケケ♪ 「………っ!!!」 「お〜。」 悲鳴が声にならずに固まるポーラと、感嘆の声を上げる少年。 ポーラは少年の腕を掴んで、がくがくと揺さぶりました。 「そのリアクション間違ってるわよ!操り人形よ!?操り人形が一人で動いてんのよ!? 不気味でしょう!?不気味よね!?」 「これ、どういう仕組みになってんだろ?……捕まえたら売れるかなぁ?」 「あぁあっ!もうアンタおかしいわよ!こんなの怖がるのが普通でしょう!?」 金切り声を上げるポーラを余所に、奇妙に歩く操り人形、 かわいいトムくんとおちゃめなサムくんは、ケタケタと笑っています。 「こ、これ敵なの?」 ポーラのその言葉を合図にするように、操り人形達は襲いかかってきました。 少年達は反射的に身構えます。 「ケケケ♪ネムレネムレ〜♪」 かわいいトムくんは奇妙な歌を歌いました。その途端――かくり、とポーラが崩れました。 「ポーラ!?」 少年が慌てて駆け寄ると、ポーラはすぅすぅと寝息を立てています。 どうやら催眠術を掛けられてしまったようです。 「ケケケ〜ネムッタネムッタ〜♪」 操り人形達はカタカタと喜びの舞を踊ります。少年は、すっとバットを抜き取りました。 「女の子を眠らせている間に何かしようなんて………男として最低だ!」 「ケ……」 微妙な言い回しをされたのが気になったのか、操り人形達の動きが固まりました。 「買ったばかりの、とてもいいバット。試させて貰うよ?」 悪役みたいな台詞を述べながら、少年はバットを振りかぶりました。 「もう、何なのよ!変なのばっかり!」 PKファイヤーで、カボチャみたいなモンスター「ハロウィン野郎」を焦がしたポーラは、 ふぬぅと怒りのオーラを立ち上らせました。 カボチャの煮っ転がしみたいな、甘い匂いが漂います。 「お腹空いたなぁ……」 「ネスは呑気でいいわよね。妙な怪物ばっかりで、何の手がかりもないじゃない。」 幾度か闘っている内に慣れてきてしまったのか、ポーラもさっきよりは落ち着いた声で 溜息を付きました。しかし少年はきょとんとしています。 「そんなことないよ?いろいろ話聞いてわかったんだ。」 「……は?」 少年は街の人々に聞いた事を言いました。 「ゾンビが彷徨いてる間は、ツーソンにもフォーサイドにもいけやしない。 墓場の抜け道を通れば、なんとかなりそうなんだけど……」 「墓場の奥にどっかに通じる迷路があるって噂だ。その向こうには此の世の者とは 思えなくらい、汚くて醜くて強くて悪い化け物が待ちかまえてるんだってさ。」 「街の真ん中のサーカス広場を『ゾンビ対策本部』にして、化け物共と闘おう という訳なんだが、逆にゾンビ共に襲撃されそうなんだよ。」 「ゾンビ同士がひそひそ話をしているのを立ち聞きしたの。 ゲップー様が次々に俺達を蘇らせてくれるって。きっとそのゲップーってのが、 きっと悪の親玉のげろげろ野郎なのよね。」 …………。 「いつの間にそんな聞き込みをしたの?」 ポカンとするポーラに、少年は少し口を尖らせました。 「悲鳴を上げながらどんどん進んでいっちゃうから、全然人の話を聞いてないんだもん。」 どうやらポーラがパニックを起こしている間に、いろいろ話を聞いていたようです。 ポーラは誤魔化すように咳払いをしました。少年は頤に手を当てて考え込みます。 「ゾンビなんて……普通はいない。やっぱりそのゲップーとかいうのにも、 ギーグが関わってるんだと思う。墓場に、行ってみるしかないね。」 少年の言葉に、ポーラはうぅっと身を縮めました。 「強くて悪いのはともかく、汚くて醜い化け物なんて御免だわ! 行くならネス一人で行けばいいでしょ。私は買い物でもして待ってるから!」 「あ。」 するりとキャッシュカードを奪われ、少年はふぅと溜息を付きました。 「じゃあ、行ってくるから。この辺で待ってて。」 今が何時なのか分かりませんが、街はずっと薄暗闇。 墓地が怖いのも無理はないでしょう。少年はリュックを背負い直し、歩き出しました。 ポーラはドラッグストアの前に一人佇み、その後ろ姿を見送ります。 辺りにはひゅうひゅうと不気味な音を立てる風が吹き抜け―― ――少年のリュックが、くんと後に引っ張られました。 「……?」 「や、やっぱり……一緒に行く。」 この街で一人でいる方が、余程怖いのです。 「アァアァアアアア〜……」 「五月蠅い!」 ゴゴォオオオ!!! ゴミ箱の中から飛び出した「ちょっとクサゴースト」は、ポーラのPKファイヤを浴び、 ぶすぶすと煙を上げて逃げていきました。少年はぽかんとポーラを見ます。 「怖いんじゃなかったの……?」 「うじゃうじゃうじゃうじゃ!いい加減しつこいのよ!もう慣れたわ!」 (女の子って逞しいな……) 寄ってきた「よくないハエ」をバットで吹き飛ばしながら、少年は一つ学びました。 ――やがて辿り着いた、墓場の一番奥の奥。 「な、何よアレ……」 ポーラが上擦った声で言いました。茂みに身を隠しながら覗き込むその先には、 灰色の肌に落ち窪んだ目、剥き出しの歯で微妙な唸りを漏らす、 ――紛れもないゾンビの姿でした。 「………。凄い乾燥肌だね。」 「死んでんだから当たり前でしょ。それよりあの向こう、あれが噂の抜け穴じゃない?」 ポーラが指したのは、ゾンビ達が立ちふさがるその向こう。 確かに大きな穴があり、降りられるよう梯子が掛けてあるように見えます。 「そうだね。じゃあ、こっそり近づいて……」 その時。 ゾンビがくるりと此方を向きました。 「「……っ!」」 二人は思わず息を呑みます。がっちりと、視線が合ってしまいました。 ゾンビはジロリと二人を睨み――――……それだけでした。 「へ?」 ただ怪しげにジロジロと見てくるだけで、何をする様子もありません。 少年はしばし黙っていましたが、ひょいと立ち上がってみました。 「あの、そこ通してくれませんか?」 ゾンビ達はやっぱりジロジロ見るだけで、何も答えませんし、 通してくれる様子もありません。ポーラは慌てふためきました。 「何考えてるのよネス!」 「双方の理解はまず話し合いから……」 「言葉が通じるわけ無いでしょ!ぞろぞろ仲間でも呼ばれたらどうするのよ! 臭いし怖いし、もう嫌よ!帰りましょう!」 「そうだね……なんだか部室棟みたいな匂いだね。」 ゾンビは勿論腐っているので、ちょっぴり香しいのです。 少年達は仕方なく、街の方へ戻ることにしました。 ![]() 「はぁ……今日はもう疲れたわ。早くホテルにいきま……むぐ。」 突然止まるので、ポーラは少年の背に顔をぶつけてしまいました。 「何で止まるのよ!」 ポーラはその背中を叩きましたが、少年は返事をしません。 ただ行く先に見えるホテルの方を、じぃっと見つめています。 「どうしたの?」 ポーラは視線の先を見てみました。 ――そこには、女の人が立っていました。 無造作に乱れた金色の髪。真っ黒な服に、すらりと伸びた長い足。 美人ですが、赤い口紅を塗った唇だけがくっきりと見える、酷く顔色の悪い女の人。 「何、あの人。知り合い?」 少年は首を振りました。女の人は――此方に向かって、口の端をつり上げました。 誘っているかのような、不気味な笑顔。ポーラは小さく身震いしました。 女の人はそのまま、ホテルの中へ入っていきます。少年はふらりとその後を追いました。 「ちょ、ちょっとネス!何で追いかけるのよ!」 ポーラが慌てていいますが、少年はホテルの中へと入ってしまいました。 「も、もぅ!」 ポーラも仕方なく続きます。ホテルの中も、なんだか余所と違う気がしました。 歪んでいるというか、波打っているというか。熱もないし、車に酔ったわけでもないのに、 なんだかぐるぐると目が回るような感じがします。 女の人は、ロビーに立っていました。そして、また誘うようににたりと笑います。 「ねぇネス、どうしちゃったのよ?ああいうお色気系が好みなわけ?」 むくれるポーラに構いもせず、少年は尚も女の人についていきます。 「ネ、ネスってばぁ……」 ポーラも不安げに少年を追いました。 女の人はホテルの一室に入っていきます。また、誘うような笑みを残して。 少年はふらりとその部屋の戸を開きました。がちゃりという乾いた音。 その扉の向こうには―――― 「え!!!!!」 少年は目を覚ましたように声を上げました。 ――部屋中犇めくように立っていたのは、ゾンビの群れ。 中には犬のゾンビ、ゴーストの姿も。 あっという間に視界がそれらで埋まっていきます。 背後に聞こえたポーラの悲鳴。それに手を伸ばそうとしたとき、 重たい衝撃と共に、少年の意識は闇に落ちていきました。 ―― ――……。 「……ス……ネス………ネス!」 自分を呼ぶ声に、少年は跳ね起きました。その途端、 ごん。 「ったあ!何するのよ馬鹿!」 二度の衝撃がおでこを襲いました。一度目は飛び起きた拍子にポーラと頭がぶつかり、 二度目は怒って殴られたようです。 「ご、ごめん……。」 おでこをさすりながら、少年は辺りを見渡しました。 薄暗い街より、もっとずっと暗い場所。閉め切った部屋の中のようです。 「ねぇ……大丈夫なの?」 うっすらと見えるポーラの表情が、酷く心配そうに見えます。 「なんだか取り憑かれたみたいに、どんどんついて行っちゃうんだもの……」 少年はにっこり笑って見せました。 「大丈夫だよ。……ちょっと良く覚えてないところも有るんだけど。 御免、なんか捕まっちゃったみたいだね……。」 女の人についていって、ゾンビに取り囲まれて。ここはどこかの牢屋か何かでしょう。 「無事だったんだからいいの。全部あの変な女が悪いのよ!」 ポーラはふんふんと息巻きました。敵の罠にはまってしまったことに、 少年が見た名状に落ち込んでいると気付いたのでしょう。 「兎に角出る方法を探しましょう。……といっても、扉は一つしかないみたいだけど。」 ポーラが指さす先には、重たそうな扉がありました。ほんの少しだけ隙間があり、 そこから差し込む僅かな光で、互いの顔が見えているようです。 でも勿論、そんな所から出ることは出来ません。案の定鍵が掛かっています。 隙間から向こう側に鍵穴があるのが辛うじて見えますが、やっぱり手が届きません。 重い鉄の扉は、バットで殴っても、超能力をぶつけても、開きそうにありません。 「こうなったら、最後の手段ね。」 ポーラはすっくと立ち上がり、祈るように手を組みました。その途端、少年が身構えます。 「何…?その反応。」 ポーラは憮然としていいました。 「いや、だって……ポーラの『祈る』攻撃って、たまにとんでもないこと起こすから……。」 敵と戦う最中、ポーラの祈りは温かい光を降り注がせ、傷を癒してくれることがあります。 しかし稀に、奇妙な群青色の光が降り注ぎ、HPが0になったこともあります。 「私、この一か八かのギャンブルな感じの攻撃が好きなの。悪い?」 「い、いや、悪くないけど……こっちに向けないで。」 ポーラはまた酷く不機嫌な表情になりました。 「じゃあもうイイわよ!折角テレパシーで助けを呼ぼうと思ったのに! ネスなんかここに一生閉じ込められて干からびちゃえば!?」 ポーラは座り込んでぷいと横を向いてしまいました。自分が干からびたら、 一緒にいるポーラも干からびちゃうのでは?と思ったりもしましたが、 ここは謝らないといけません。閉じ込められたら、ポーラの力が頼りなのですから。 「ご、御免!謝ります!頼りにしてるから。お願い。助けて!」 ぱんっと手を合わせる少年に、ポーラはまだ釈然としないながらも、 再び立ち上がって手を組みました。 ――まだ会ったことのない仲間に呼びかけます。 まだ会ったことのない、私達の仲間に呼びかけます! ジェフ!ジェフ!貴方の助けが欲しい…… 私はポーラ、そしてもう一人、ネス……貴方に呼びかけています。 ![]() つづき→ |