『北国の仲間と大親友』


――私はポーラ、そしてもう一人、ネス……貴方に呼びかけています。
  この呼びかけが聞こえたら目を開けて!そして…南に向かって出発して下さい。
  遠くにいる貴方だけが、私達を救えるのよ。ジェフ!
  この声を信じて、起きあがって歩き出して!南に向かって……すぐに!
  ジェフ……お願い。まだ会ったことのない……かけがえのない、仲間!

北の国、ウィンターズ。スノーウッド寄宿舎。
その一室で、少年は目を覚ましました。
彼の名は、ジェフ。
このスノーウッド寄宿舎でも、一二を争う優秀な生徒です。
部屋には昨日の夜、出しっぱなしにしていた様々な部品が散らかっています。
窓の外はしんしんと雪が降り、静かな夜が続いています。
(今の声は……一体……。)
ぼんやりした頭で、少年は部品の一つを手に取りました。
将来は科学者になりたいと思っている少年は、非科学的なものは信じない性分です。
お化けや、宇宙人や、どこぞの湖にいるとかいう恐竜や、
ましてやテレパシーなんて信じられません。
(でも……)
あまりにもはっきりと聞こえた、声。そして、早く行かなければと焦る、不思議な気持ち。
あったこともない人間のことが、何故こんなにも心配なのか。少年にも全く分かりません。
しかし、気付いたら上着の袖に手を通していました。
(行かなきゃ。)
少年がそっと扉を開こうとしたときでした。
「ジェフ!こんな夜中にどこ行くんだよ!」
背後から素っ頓狂な声がしました。
「あ〜あ……起こさないでおこうと思ったのに……」
少年は渋々振り返りました。案の定、ルームメイトのトニーが目をまん丸くしています。
トニーは転がるようにベッドから出てくると、少年の腕に縋り付いてきました。
「この寄宿舎のしきたりは知ってるだろう?見つかったら尻叩きだよ!?
 尻だよ!?尻叩かれるんだよ!?ねぇ尻……」
「わかったから。尻尻大声で連呼するなよ。」
少年は小声で諫め、トニーの手を引き剥がそうとしました。
しかしトニーは尚も縋り付いてきます。
「どうしたんだよジェフ!いつもなら『まとわりつくなぁぁ!!』って吹き飛ばしてくれる
 じゃないか!さぁいつもみたいに景気よく頼むよ!」
「あぁもう……こいつは……」
少年はげんなりと溜息を付きました。
見つかってはいけない。それが分かっているのなら、もう少し小声で話して欲しいです。
大々的に嫌がれないのも声を落としているのも、先生に見つからない為に決まっています。
暫くわぁわぁと騒いでいましたが、ふと、トニーは少年の顔を見上げました。
そのままじぃっと見つめ、ふぅと溜息を付きました。
「何かどうしても、外へ行きたい理由があるんだね。」
「そういう勘は働くのに、なんでもっと気を遣った生き方が出来ないんだよ……」
「わかったよ!僕にはよくわからないけど、そういうことなら止めないさ!」
少年の言葉などまるで聞いていないらしく、トニーは拳を握って天井を見上げました。
「だって僕は、親友だからぁああああ!!!!らぁああ〜らぁあ〜らぁああ〜」
自分でエコーを掛けています。気分はヒロインか何かにでもなっているようです。
もう静かにしろというのも阿呆らしくなって、少年はさっさと荷物の整理を始めました。
「ジェフってば、ものさしに分度器って。夜中に無防備で出かけるのは危険だよ。」
トニーは鼻で笑って、ちちちと指を振りました。
「いや、だからペンシルロケットを持って行く……」
「身を守る道具を持って行った方が良い。ロッカールームに何かあると思うから、
 寄っていこうよ!いっしょにいってあっげるからぁ〜♪」
トニーに押し出されるようにして、ジェフは部屋を飛び出しました。



談話室では、何人かの先輩が話をしていました。どうやら近所の湖タス湖に現れた恐竜、
タッシーの噂で持ちきりのようです。まぁ少年はそんな話信じていないのですが。
「僕は模型のオモチャが浮かんでるだけの、でっち上げだと思うな。」
「タッシーの噂より凄いのは、ストーンヘンジの巨人族の話だよな。」
「一番知りたいのは、ストーンヘンジの真ん中が何処かへ通じてる入り口だって話かな。」
「俺眠いよ、もうおしっこして寝ようよ……」
ストーンヘンジの真相は少年も気になるところではありましたが、
巨人族なんて到底信じられません。
「みんなくだらない話してるよなぁ……。地底国にでも通じてるってのかよ。」
「僕は不思議の世界に通じてると思うなぁ〜♪夢があるよね!ほら、前に話したでしょ?
 近所で奇妙な恰好の人に囲まれてね、お布施をよこせっていうから、
 あぁこれはきっと妖精さんなんだと思って、有り金を全部……」
「それはカツアゲっていうんだよ!お前の頭が一番ワンダーランドだ!」
少年ががなり立てると、トニーは恍惚とした表情になりました。
「そうそう、そうやってツッコミいれてくれてこそ、いつものジェフだよ〜」
「あぁあぁもう面倒くさい……。」
少年はトニーを捨て置いて、廊下を進みました。トニーはてててと後を付いてきます。
ふと、部屋から話し声が聞こえました。まだ誰か起きているのでしょうか。
気になった少年は、その部屋の扉を開いてみました。
「よぉジェフ、トニー!」
中にいたのは、クラスメイトの一人でした。部屋には華やかに装飾された箱が、
いくつも並んでいます。一体何の騒ぎでしょう。
「明日トニーのお誕生日会があるだろ?その準備をしてるんだ。」
「……。そういえばそうだな。」
「ひ、酷い!忘れてたのぉ!?」
少年の呟きに、トニーはむぅっと膨れました。
箱はプレゼントなのでしょう。中から甘い匂いが漂ってきます。食べ物でしょうか?
特にお腹が空いているとも思っていなかったのに、匂いに反応してか、
お腹がぐぐぅと鳴りました。少年が思わずお腹を押さえて顔を赤らめると、
トニーがはっと顔を上げました。
「だ、誰の子!?」
「んな訳あるかぁぁぁあああ!!!!」
「……♪」
「ボケを拾われる度いちいち嬉しそうな顔をするな!!!ったく……さっさと行くぞ。」
「あ!待ってよジェフ。」
少年の前に、すっとクッキーが差し出されました。ぽかんとしている少年の口に、
トニーはひょいとクッキーを放り込みます。
「おいし?」
「う、うまいけど……これ、誕生日プレゼントだろ?」
トニーの傍らには、無惨に包装を剥がされたプレゼントの箱が有ります。
「いいんだよ。どうせ明日には僕のもの。それなら、君の為に役立ててあげたいんだ。
 さ!いくらでも持って行くといいよぉおおお!!!」
トニーは軽快な足取りで部屋を跳ね回り、次々と開封していきます。
「ちょ、トニー!別にそこまでして貰わなくても……」
「いいんだ!いいんだよジェフ!君が望むなら、誕生日プレゼントなんて無くっても!」
「いや、だから、別に望んでな……」
言いかけて、少年はクラスメイトの冷たい視線に気付きました。
「今日のジェフは……随分と酷いことをするんだな……」
(えぇぇぇっ!!!僕のせいかよ!?)
少年の鞄は、すっかりクッキーで一杯になりました。

「おぉ、吃驚した。ジェフにトニーじゃないか。夜食でも探してるのか?」
一階の研究室では、ガウス先輩がまだ実験中でした。
よれよれに伸びた服に、ぼさぼさの赤毛。ぼりぼりと頭を掻けば頭垢が出てくる始末。
そんな見た目ではありましたが、ガウス先輩は少年が尊敬する数少ない先輩の一人でした。
「俺も研究が行き詰まっててさぁ、ジェフの親父のアンドーナッツ博士が居たら
 助かるのになぁ……。凄い人だったらしいぜ。わがウルトラサイエンスクラブの
 初代部長で、アインシュタインやハイゼンベルダ以上の科学者って事らしい。
 まぁすっごい変わり者って話も……」
「あの人の話は、止めてください。」
少年の眉間に皺が寄りました。酷く不機嫌そうです。
ガウス先輩は溜息混じりの笑顔を向けました。
「こいつは失敬。ただな、自分の親父さんを『あの人』なんていうもんじゃないぞ?」
少年は不満そうな顔のまま頷きました。
「先輩〜、ロッカーの鍵下さ〜い。」
そんな感情の機微などまるで分からないらしく、トニーが呑気な声を上げました。
「ロッカー?なんか用事でもあるのか?鍵ならこれだ。ちょっと曲がってるけどな。」
少年達はお礼を言い、部屋を出ようとしました。
「あ、ジェフ。」
ガウス先輩が呼び止めました。
「外へ出るなら必ず俺に電話しろよ?記録をつけておいてやるからな。
 まぁゲームでいうところのセーブみたいなもんだ。ハハハ!」
「……。」
最後の言葉の意味はよく分かりませんでしたが、規則を破って外へ行こうとしているのが
全部分かっているようです。少年は思わず自分の顔に手を当てました。
(僕はそんなに表情がわかりやすいんだろうか……?)
「なんでもわかるよ〜♪」
「っ!!!!」
見事に内面を読んだトニーの言葉に、少年は顔を引きつらせました。
トニーは相変わらずニコニコと此方を見上げています。
(もうちょっと言動に注意が必要だな……)
少年は深く溜息を付きました。

「わっはっは!やっぱりあの鍵は使い物にならなかったか!」
(………。わははじゃねぇ。)
少年は頭を抱えたくなるのを必死に堪えました。
貰ったロッカーの鍵は、曲がっていて鍵穴に入らなかったのです。
引っ張ってみたり、踏んでみたり、こじ開けようとしたり、頭に来て殴ってみたり、
思いの外ロッカーが固くて悶えてみたり、それをトニーに微笑ましく眺められたり。
いろいろあって少年はガウス先輩に文句を言いに戻ってきたのです。
「そんなこともあろうかと、『ちょっとした鍵なら意外と簡単に開けられるマシーン』
 通称『ちょっと鍵マシーン』を今作ってみたんだ。これなら大丈夫だ。」
ガウス先輩は手のひらサイズの機会で、手近にあった工具箱を開けて見せました。
(だったら最初からそれをくれ……)
少年は堪えきれずに頭を抱えました。先輩にしろ、トニーにしろ、父にしろ。
自分の身の回りは科学の才能こそ有るものの、何故こうずれている人が多いのでしょう。
少年はお礼を言い、部屋を後にしました。
「あ、ジェフ。」
再びガウス先輩に呼び止められました。
「お前もアンドーナッツ博士の息子なら、ちょっとした道具くらいなら一晩で修理して
 役に立てるとか……そのくらのことは出来そうだぞ。もっと積極的に生きてみろよ。」
「は、はぁ……」
適当に返事をしつつ、少年はロッカールームへと向かいました。

「よし。」
ロッカールームで手に入れたホームズキャップやバンバンガンを装備し、
少年は玄関の扉を開きました。冷たい風が一気に吹き込んできます。
見慣れた筈の銀世界。それがどことなく、怖いもののように見えました。
「あ、ここ閉まってるね。」
トニーが呟きました。玄関こそ開いていたものの、外へと続く門は固く閉ざされています。
古いタイプの錠前なので、ちょっと鍵マシーンでは開きそうにありません。
「どうするかな……」
と思ったときでした。突然、トニーががばりとその場に蹲りました。
「と、トニー!?お腹でも痛いのか?」
トニーは亀のように蹲ったまま、渋みのある笑みを浮かべました。
「僕を踏み台にしていくといきなよ。」
少年は意味が分からず、首を傾げました。
「僕を踏み台にすれば、門を乗り越えられるだろ?」
「あ……。」
確かにさほど高さもない門。四つんばいになったトニーに乗れば、一番上に手が届きます。
「い、いやでも……わざわざトニーを踏み台にしなくても……」
と、辺りを見渡してみますが、他に丁度良い物もありません。
「ぼやぼやしていると、尻叩きだよ。さぁ!早く!思いっきり踏みつけてくれよ!」
「………。」
何か薄ら寒い気迫を感じましたが、少年は何としても南に向かわなければなりません。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
少年はトニーを踏み台にして、門を乗り越えました。
トニーが「ぐぅ」という声を上げたのでちょっと心配です。
「だ、大丈夫か?」
門の格子越しに、少年が声を掛けると、トニーは何故か嬉しそうに起きあがりました。
「ぜぇんぜん大丈夫だよぉ〜!!!!」
「ああそう。」
「なんだよ冷たいなぁ……。」
トニーは頬を膨らませ、直ぐに真剣な面持ちになりました。
「じゃあジェフ……とりあえず、さよなら。君がどこへ行くのか何をしに行くのか
 知らないけど、僕らずっと、親友だぜ!」
そして、にっこりと笑いました。さっきまでのニヤニヤした笑みとは違う、
屈託のない優しい笑顔でした。
「トニー。僕……」
何か言いかけた少年の言葉を最後まで聞かぬまま、トニーは振り返ることなく、
寄宿舎の中へと走り去っていきました。
少年は閉まった玄関の扉を暫く眺めていましたが、軽く首を振り、
雪道を歩き始めました。







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