『僕の家族と巨大モグラ』


「冒険の記録は付けておいたからね。まだ冒険を続けるのかい?」
電話の向こうのパパはいつも通り、優しい声で言いました。
「うん、仲間も出来たし。僕も頑張らないと。」
「ネスもママに似て頑張り屋だなぁ。無理するなよ。」
「パパも頑張って。でも無理もしないように。」
「お?こりゃあ逆に言われちゃったなぁ〜。ははは!」
パパは快活に笑いました。でも何となく、ちょっと疲れているような気がします。
(……。)
少年は耳を澄ませてみました。パパの背後に、聞こえる声に。
「先攻部隊、六ヶ岳山頂付近に到着。準備完了しました。」
「敵も勝ったつもりになっていたでしょうな……。だが、甘い!
 前衛部隊は後退!極限まで奴等を引き付けるんだ!」
「巨砲蹂躙丸、弾薬装填完了。大佐、いつでもご命令を!」
(……。)
「あ、御免なネス。今ちょっと仕事が立て込んでるんだ。じゃあな。」
がちゃん。ツーツーツー。
少年はとりあえず、何も聞かなかったことにしておきました。

「電話、終わった?」
ポーラがひょこりと顔を出しました。
少年達が今居るのはハッピーハッピー村のドラッグストア。
電話をしている少年の横で、ポーラはぼんやりと商品を眺めていました。
「あ、うん。ママにも電話してみようと思ってるんだけど……いいかな?」
それを聞くと、彼女は微かに口を尖らせました。どうやら退屈しているようです。
「じゃあ買い物しててよ。これ、好きに使ってイイからさ。」
少年はキャッシュカードを渡しました。ポーラはそれを暫しじぃっと眺めると、
「毎度あり。」
にぱっと顔を上げ、スキップで商品棚の向こうに消えていきました。
「ちょ、ポーラ!?あの、無駄使いは……」
後の人の咳払いで少年は足を止めました。電話の順番を待っているようです。
「あ、すみません……もう一件だけ。」
少年は番号を押しました。数回の呼び出し音の後、声がします。
「もしもし。あら、ネス!意外と早く連絡くれたのねぇ。」
ママの声。たった数日ぶりなのに、なんだかとても懐かしい気がしました。
話したいことが、後から後から頭の中に浮かんできます。
「ねぇ、ネス。貴方……旅先でガールフレンドが出来たでしょう?」
(っ!!!)
受話器を取り落としそうになりました。いきなりの爆弾投下。流石はママです。
「で、できてないよ……」
「そう?なんか隣にガールフレンドがいる気がするんだな〜。」
(いないよ。少なくとも隣にはね……)
少年は商品棚の向こうから聞こえる「これくださ〜い(どさどさ)」という音に、
小さな溜息を付きました。

「ねぇ、見て。これも買ったの!」
げんなりしながら大量の買い物をリュックに詰め込む少年を余所に、
ポーラはきらきらした笑顔で何かを掲げました。フライパンです。
「へぇ〜。ポーラって料理できるんだ。」
少し表情を明るくすると、ポーラはちょっと膨れっ面になりました。
「何ソレ。出来そうもないって言いたいの?」
少年がぶんぶん首を振ると、彼女はふふんと笑います。
「ま、これは料理のためのものじゃないんだけどね。武器よ、武器。」
「ぶき?フライパンが?」
「まぁ見てなさいよ。」
ポーラはフライパンを両手で握り締め、大きく振りかぶりました。そして、
「やぁっ!」
ぱいんっ!見事な音。フライパンの一撃で、近くの郵便受けが綺麗にもげました。
「お……怒られるんじゃない……?」
「そうね。逃げましょう。」
「え?ちょ、ちょっとぉ!?」
少年は慌てて彼女の後を追いました。
(絶対逆らわないようにしよう…)少年は再び心に誓いました。



「ブルーに塗った村を元に戻さないと。ああ、忙しい!」
「俺達、神様じゃなくて悪魔のお告げを聞いていたのかも知れないな。」
「(やっぱり……青い牛はまずかったですよね)」
ハッピーハッピー村に人々は、元のハッピーハッピーな村を取り戻すのに大忙しです。
「あ、ちょっとそこのボク!」
不意に声を掛けられました。
「!!!」
少年は反射的に逃げ出したくなりました。寄付を迫ってきた、あの般若です。
「いつぞやはすいませんでしたね……」
「!!……?」
般若……いえ、お姉さんはすまなそうに言いました。
「あ……ううん。いいよ、別に。」
少年は気恥ずかしそうに頭を掻きました。
「ちょっとネス、何があったわけ?いつぞやって何?」
なんだかポーラが不機嫌そうに突いてきますが、
思い返すのと怖いので聞こえないフリをしておきます。
「ねぇネス!ここって何かしら!」
てくてく歩いていくと、突然ポーラがきらきら笑顔で叫びました。
何かを見つけたようです。それは、薄暗い洞穴の入り口でした。
「何か面白そうな匂いがぷんぷんしてくると思わない?」
(危なそうな匂いがぷんぷんしてくると思うけど……)
「あ〜、この奥、ボクも気になってるんだよねぇ。」
別の声がしました。見知らぬお兄さんが、少年達の横から覗き込んでいます。
「そうよね!やっぱり気になるわよね!行くわよネス。」
ポーラは洞穴の奥を見据えました。
「えぇ〜……あ、お兄さんが行ってイイよ。順番は守らないといけないから。」
「え……」
いきなり振られたお兄さんが固まっているのを無視して、
ポーラは少年の襟首を引き摺って歩き出しました。
「なぁに言ってんのよ。先に行かたら、イイものみんな持って行かれちゃうじゃない。
 さぁ、せかせか歩いて頂戴。男なんだから泣き言言わないの!」
「……。しょうがない……」
洞穴の奥に消えていく二人を眺め、
「最近の子は大人だなぁ……」
お兄さんはぼんやり呟きました。

わるぶるモグラが爪で引っ掻いてきました!
「甘いわぁぁぁあ!!!!」
SMAAAAAASH!!!!!
ポーラはフライパンをくるりと回し、西部劇さながら「すちゃっ」と鞄にしまいました。
「モグラ叩き、大得意なの♪いくらでも掛かってきなさい。みんな料理しちゃうから。」
「どっちが悪役だかなぁ……」
少年はぽりぽりと頬を掻きました。
 洞穴の中は、敵で一杯でした。
鋭い爪を持つモグラ。不気味なコウモリ。様々な物が襲いかかってきます。
少年達はバットで、フライパンで、あるいは超能力で応戦します。
「さぁネス、次行くわよ次ぃ!」
長らく閉じ込められていて、外に出られたのが余程嬉しいのか、
ポーラはどんどん進んでいって仕舞います。
「ポーラぁ、あんまり一人で歩くと危ないよ。」
「平気よ。言ったでしょ、私は強いんだか……きゃ!」
何かにぶつかって、ポーラは尻餅をつきました。
「ちょっとぉ!何処に目ぇつけて……」
ポーラは、やくざやさんのような脅し文句を飲み込んでしまいました。
見上げるような黒い影。彼女を見下ろしていたのは、2,3メートルはあろうかという
巨大なクマでした。その名も怪力ベア。
「わ……ど、どうし……。ちょっとネス!何死んだふりしてるのよ!」
「クマにあったら死んだふり。これ鉄則。」
「迷信よ!そもそも自分だけ助かろうとしてんじゃないわよ!」
ポーラはきぃぃと唸りました。その声に反応したかのように、
怪力ベアがその太い腕を振り下ろしてきます!
「きゃああ!」
その攻撃は、ポーラの側にあったぬいぐるみに当たりました。
どうやら人と勘違いしているようです。
反応が無いことを不思議がり、ふんふん匂いを嗅いでいます。
そして生き物でないことに気付いたのか、ぎろりとポーラに視線を移します。
「あ……う……」
今度こそ間違い有りません。怪力ベアの鋭い爪が、ポーラ目掛けて……
がぃぃんっっ!!!!
ポーラは恐る恐る目を開きました。目の前は赤……ではなく、黄色で一杯でした。
黄色の、リュックサック。少年が彼女を庇い、バットで攻撃を受け止めています。
「大丈夫?」
少年は、振り返らずにそう言いました。バットが押されて、ぎりぎりと音を立てています。
「う、うん……」
少年はその言葉を確認するように頷くと、
「……やあああっ!!!!」
目一杯力を込め、バットを押し返しました。怪力ベアが蹌踉けます。
「PKスバン!」
ずばあああああん!!!!怪力ベアは大人しくなりました。
「………。」
ポーラはぽかんとして少年を見上げていました。
「だから言ったじゃないか、一人で歩くと危ないよって。」
「ご、ごめん……じゃない!何よ!助けるんなら最初から助けなさいよ!」
くってかかるポーラに、少年は顔を引きつらせ、なんとか宥めようとします。
「つまり、それが武士道ってもんなの!死なんと戦えば生きるの!わかった!?」
「わ、わかった……」
なんだか随分重い内容のお説教をされてしまいました。
「わかったらさっさと次行くわよ、次……」
意気揚々と歩き出そうとして不意に固まったかと思うと、
ポーラは俯き加減に戻ってきて、少年の後に廻りました。
「やっぱり……先に行って。」
微かにシャツを握ってそう言われると、ちょっとだけ誇らしい気分でした。

そして辿り着いた、洞穴の最深部。
そこにはやはり、銀色に光る何かが待っていました。
「ここは一番目のお前の場所だ……しかし今は私の場所……
 奪い返してみるがよい……できるものなら……」
――それは、今まで戦ってきた「わるぶるモグラとは比べものにならない
  怪力ベアよりもずっとおおきい
  巨大なモグラでした。

「こ、これ本当にモグラ!?」
ポーラが素っ頓狂な声を上げました。
「わかんない。でも、この向こうに……僕の場所がある。」
少年はバットを構えました。モグラはじりじりと迫ってきます。
「場所って……あの、音がどうのこうのってやつ?」
少年が頷くと、ポーラは溜息をついて、両手を広げました。
「それじゃあ逃げるわけにはいかないのね……間違いだったら、ただじゃ済まないわよ!
 PKファイヤー!!!」
ポーラの掌から、炎が躍り出ました。モグラは唸り声を上げて蹌踉めきます。
「たあああっ!!!」
少年はバットを振り下ろしました。見事命中。
しかしパワースポットから力を得ているモグラは、まだまだ倒れる気配はありません。
鋭い爪を振り下ろしてきます。少年達はそれを避けるので精一杯。
見る見るうちに手から力が抜けていきます。
「痛っ……」
「ポーラ!」
「平気よ、これくらい。まだまだ行くわよ、PKフリーズ!」
ポーラが手を重ねて突き出すと、氷が吹き出してモグラに命中しました。
モグラはぐぐうと唸り……
――……
「な、何だろう……?」
何かを唱え始めました。不気味な、声。
「何でもいいわ!そこを退いて貰うわよ、PKファイヤー!」
ポーラの声にあわせ、再び炎が踊ります。しかし……
「な、なんで!?」
炎の勢いは、モグラに当たるとみるみる弱まって行くではありませんか。
巨大モグラは超能力を弱める、サイコシールドを唱えていたのです。
「なら……モグラ叩きにするだけよ!」
「無闇に近づいちゃ……!!」
がっ……
鈍い、音がしました。そして、フライパンの落ちる乾いた音。
「ポーラ!PKズバン!」
再び爪を振りかぶるモグラは、少年の手から溢れた光に当てられ、じりっと後退しました。
少年は慌ててポーラに駆け寄ります。
「ポーラ、ポーラ!大丈夫!?」
必死に呼びかけると、ポーラは微かに呻きました。なんとか無事のようです。
そっと寝かしてやってから、少年はすくと立ち上がりました。
巨大モグラは此方を見て、にやりと笑ったように見えました。
「お前は、誰も、守れない。」
「……っ!!」
少年はバットを握る手に力を込めました。
「お前は子供。ちっぽけな子供。何にも出来ない。誰も守れない。」
モグラの身体は、けらけらと笑うように震えました。
「そんなことは、ない!」
少年はバットを振り下ろしました。モグラは腕の一振りで、それを跳ね返します。
「親も、兄弟も、友達も。好きな人も嫌いな人も、大事な人もいらないひとも。
 みんなみぃんな、お前にはどうすることもできない。」
少年はちらと背後を振り返りました。
ポーラが、痛みを堪えるように、ぎゅっと小さくなっています。
「守って、みせる。」
少年は巨大モグラを見据えました。バットを片手に持ち直し、手を翳します。
モグラは再び身体を揺らしました。
「まったく学習しない。シールドの力が分かってない。」
「そんなもの、吹き飛ばす。」
少年の掌に、すうっと光が集まっていきます。
「馬鹿な子供は、嫌い。」
巨大モグラは突進してきました。
「ネス、頭下げて!」
背後からの声に、少年は反射的に屈みました。
「PKファイヤー!」
頭上を炎が通り過ぎ、巨大モグラに襲いかかりました。モグラは立ち止まり……
 ぱりんと、音がしました。
「しまった!シールドが!」
その隙を、見逃すはずがありません。少年はありったけの声で叫びました。
「PKズバン・β!」
ずばばばばばぁあああああん!!!!!
「ぐっ………この……子ど…がぁああああああ……」
目も眩むような光が、辺りを跳ね回りました。

「ポーラ!大丈夫だった!?」
「大丈夫じゃないわよ……ぬいぐるみが壊れちゃったじゃないの!」
くまのぬいぐるみを押しつけられ、少年は胸を撫で下ろしました。
ポーラはその表情を見て、まんざらでもなさそうに視線を逸らします。
「ホント、猪突猛進なんだから。もうちょっと作戦立てて攻撃しなさいよね。
 見てられないわよ。」
(ポーラには言われたくない……)
少年は溜息を付いてから、手を差し出しました。
ポーラはその手を膨れっ面のまま取り、蹌踉めきながら立ち上がります。
――そして二人は、二つめの場所に着きました。

――……♪……♪♪……
また、どこからともなく聞こえる、優しいメロディ。
「そう?私には何も聞こえないけど……?」
ポーラは訝しげに辺りを見渡しました。
小さな足跡の並ぶ、不思議な場所。
――少年は、赤い帽子を被った赤ちゃんの幻を見ました。
音の石は静かに、そのメロディを記憶しました。







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