『巨人の足とマーシャルアーツ』


「「マーベラス!」」
旅芸人は、少年が旅小屋の鍵を開けるなり、回転しながら寄ってきました。
「君には本当にお世話になってしまったね。」
「お礼と言っては何だけど、これを差し上げよう。」
少年は旅のお守りを貰いました。
「「君の行く手に、幸多からん事を!」」
旅小屋の壁には、「立ち入り禁止」とデカデカと書かれています。
(市長さんに鍵貰ったんだから……別に良いんだよね?)
壊れた壁から裏手に抜け、少年は洞窟の入り口に立ちました。
この先に、最初の自分だけの場所、ジャイアントステップがあるのです。
――この世界の悪しき心を持つ者達が、お前の行く手を阻むじゃろう。
ブンブーンの言葉が、脳裏を過ぎります。
「よし!」
少年は意を決して、中へと入っていきました。

薄暗い洞窟の中。ひゅうひゅうという空気の流れる音が、妙に不気味に感じます。
少年はバットを握り締め、ゆっくりと進んでいきました。
空気がどんよりと重たい気がします。今すぐにでも、何か飛び出してきそうな……
(!!!!)
突然目の前を何かが通り過ぎました。少年は反射的にバットで防ぎます。
攻撃をかわされ、相手は舌打ちをした……ように見えました。
「(なんだコノヤロー!やんのかコノヤロー!)」
敵は何と、ネズミだったのです。それも、ややぐれたネズミのようです。
「(やるならやるぜコノヤロー!)」
ぐれたネズミは噛みついてきました。少年はバットで応戦します。
「(馬鹿にしてんのかコノヤロー!ピンポンダッシュすんぞコノヤロー!)」
ネズミの攻撃は、思いの外強烈です。しかし少年も負けてはいません。
「人の嫌がることは、やめなさい!」
バットを思い切り振りおろしました。
「(や、やるじゃねぇか、コノヤロー……完敗だコノヤロー。)」
ネズミは大人しくなりました。ぐれたネズミに勝利し、少年は先を急ぎます。
まだまだこんなのが一杯出てくるのですから。

(一杯と言っても、これは…)
ずらりと並んだ敵に、少年は絶句しました。
ナメクジでした。ナメクジが六匹、少年の行く手を阻んでいます。
なんとむこうみずなナメクジ達。少年はなんとなく、物悲しい気持ちになりました。
ナメクジ達も、一応なめなめと攻撃してきます。
あんまり痛くはありませんが、湿っているので変なストレスが溜まります。
「………。PKズバン。」
びしゃぁぁあああっ!!!
なめくじ達を一掃し、少年は更に奥へを進んでいきました。

次に行く手を阻んだのは………アリでした。その名もアリアリブラックです。
(なんで、こう小さいものばっかりなんだろう。なんか虐めてるみたいだ。)
少年は切なくなりました。しかし、同情的になったのはつかの間でした。
なんとアリアリブラックは、次々仲間を呼ぶではありませんか。
少年はあっという間に、もの凄い数のネズミやナメクジに囲まれてしまいました。
倒しても倒しても、きりがありません。
「PKズバン!PKズバン!」
びしゃぁぁああん!!ずばぁあああん!!!
大技を連発しながら少年は応戦します。
「よぉし、もう一回!PKズバン!」
ぽすふっ……
「あ、あれ?PKズバン!」
ふしゅふっ……
出ません。どうやら超能力を使うのに必要なエネルギー「PP」を、
使い切ってしまったようです。
アリが、ナメクジが、ネズミが、少年に迫ります。
「………。」
少年は逃げ出しました。
「(逃がさんぞコノヤロー!)」
ぐれたネズミが、高らかにチュウと鳴きました。

「はぁっ……はぁっ……」
洞窟内のロープを上ったり、穴に潜ったりしている内に、
一旦外に繋がっている場所へとたどり着きました。
明るい外は苦手なのか、ネズミ達は追ってきません。
「お腹空いた……」
少年は、さっき洞窟の中で見つけたバターロールを取り出しました。
綺麗に包装されたプレゼントの箱に入っていたのですが
一体誰からのプレゼントなのでしょう?
バターロールを食べると、元気が出てきました。
「出るかな?」
少年は手を掲げました。
「PKズバン!」
ぽすふんっ……
やっぱり出ません。お腹の減り具合とは、関係なかったようです。
(困ったな。一度帰ろうかな。)
少年が落ち込んでいたときです。
不意に目の前を、ひらひらと何かが飛んでいきました。
「あれは……」
少年は、図書館で会った人が言っていた言葉を思い出しました。
「僕はこの目で見たんだ!ひらひらと舞う伝説の蝶、マジックバタフライを!」
「マジックバタフライは、PPを回復してくるんだってさ。でも……ぴぃぴぃって何?」
(もしかしたら…!)
少年は蝶々を追いかけました。光を反射して虹色に見える、不思議な羽。
蝶々は少年を待っていたかのように、ひらひらと寄ってくると、
少年の頭にそっと留まりました。
その途端、ふんわりとした、優しいうす紫色の光が、少年を取り巻きました。
(あ……)
何だかとても、心が安らぎ、少年はそっと目を閉じました。
日だまりの中でお昼寝しているような、優しい、優しい気持ち。
少年が目を開けたとき、蝶々はもういなくなっていました。
(あれ?)
少年は、掌に力が溢れてくるような感覚を覚えました。ゆっくりと手を翳し、
「PKズバン!」
ずっばああああん!!!
(お〜……)
今度こそ、強力なPKズバンが発動しました。
「よし!」
少年は、更に奥へと進んでいきました。

更に数匹のアリやナメクジを退治た後、少年は最深部に辿り着きました。
そこには――不思議な銀色に光る何かがありました。
恐る恐る近づいてみます。
「よくきた……」
突然、光の塊が喋りました。少年は驚いて飛び退きます。
「ここは一番目のお前の場所だ……しかし今は私の場所……
 奪い返してみるがよい……できるものなら……」
その途端、黒い闇が、ぐるぐると周りながら襲ってきました。
少年は手で顔を庇います。一瞬何も分からなくなって……
少年が手をどけると、其処にもう銀色の光はありませんでした。
代わりに立っていたのは、
――少年の三倍はあろうかという、巨大なアリの怪物でした。




今まで戦ってきたのは野良犬やネズミ。不良少年やロボット。
宇宙人と戦ったときも怖かったけど、あの時はブンブーンが居てくれました。
今、少年はたったひとり。目の前にいる怪物は、鋭い牙をぎらぎらと光らせ、
足をかしゃかしゃと動かし、握り拳ほどもある大きな目で、少年をじぃっと見ています。
あの長い前足で捕まえて、今にも少年をぼりぼり食べてしまいそうです。
巨大アリの足下には、今まで戦ってきたのと同じ、アリアリブラックも居ました。
比べものにならない大きさです。
「どうした……?恐怖で声も出ないか………?」
石を擦り合わせたような、不気味な声。少年はバットを構えました。
「でっかくても、アリはアリだ。」
巨大アリは、ぎしゃぎしゃと笑いました。
「害虫駆除という訳か……。さぁて……駆除されるのは……どっちかな?」
巨大アリが襲いかかってきました。少年は飛び下がりながら叫びます。
「PKズバン!」
びしゃぁあああ!!!
アリアリブラック達は揃って大人しくなりましたが、
巨大アリにはちょっとかすった程度。ぎぬろと此方を睨んできます。
その途端、少年は何かが抜き取られるような感覚を覚えました。
「な、なんだ?」
それは直ぐに収まりましたが、巨大アリは怪しく笑みを浮かべています。
「いくぞ!PKズバン!」
ずばぁあああん!!
今度は巨大アリに命中しました。巨大アリは苦しそうに呻き、
「まだPPが……」
と呟きました。
(……?)
少年が訝った時、またしても何かが抜き取られるような感覚がしました。
「くそっ……PKズバン!」
ぽすふっ……
「……っ!?」
PKズバンが出ません。さっきは少なくとも四回は撃てたのに。
「くくく……さて……念のためもう一度行くか……サイマグネット!」
再び身体から何かが抜き取られていきます。
少年は抜き取られているのが超能力のためのエネルギーだと気付きましたが、
もうPKズバンは撃てません。
「だったら、こっちで行くだけだ!」
少年はバットを振り下ろしました。
「ぐっ……小癪な餓鬼め……」
巨大アリが前足を一振りすると、少年は軽々と吹き飛ばされてしまいました。
「負けて、たまるかぁっ!」
少年は何度も跳びかかって行きました。
その度に吹き飛ばされ、引っかかれ、踏みつけられ、
どんどん傷が増えていきます。足がフラフラしてきました。
「あ……!」
足が縺れて転んでしまいました。
「もらった……」
巨大アリの牙が迫ります。
(もう駄目だ……)
少年はぐっと目を閉じました。
――ネス……
名前を呼ばれたような気がして、少年は目を開きました。
――……めないで……ネス……諦めないで……
ママのような気もしますが、誰の物だかよく分かりません。
でも、とっても優しい、声です。
――大切なのは、知恵と勇気!
その声で、ブンブーンの言葉を思い出しました。
(勇気……)
少年はぐっとバットを握りました。そして、
「ライフアップ!」
少年の身体を、光が包み込みました。その光に、巨大アリが一瞬たじろぎます。
その隙を、少年は見逃しませんでした。
「やぁあああああっ!!!!」
少年の一撃は、巨大アリの頭の真ん中を、見事に捉えていました。

「ここが……一番目の、僕の場所。」
ジャイアントステップ。その名の通り、巨人の足跡が残されていました。
巨大アリを倒した少年は、その場所に足を踏み入れました。
初めてくる場所なのに、なんだかとても懐かしい気がしました。
……♪……♪〜……♪……
何処からともなく、優しいメロディーが流れてきます。
少年は目を閉じました。
――そこで少年は、小さなむく犬の姿を見た気がしました。
音の石は静かに、そのメロディーを記憶しました。

「あ!ちょっと君君〜!」
ジャイアントステップからの帰り道、あれだけしつこく追ってきていたネズミ達は、
少年を見ると、すたこらと逃げ出しました。
巨大アリを倒したせいでしょうか。少年は意気揚々と外へ出ました。
その途端、お巡りさんに呼び止められてしまったのです。
「困るんだよね、勝手に入られちゃうと。立ち入り禁止の看板、読めなかったの!?」
そう言えば、そんな看板もありました。
「まぁそんなトコです。」
少年はお巡りさんが怒っているので、適当に返事しておきました。
「全くこれだから最近の子は!ちょっとお説教あるから、
 あとでオネット警察に来なさい!いいね!」
そう言って、お巡りさんは鼻息も荒く帰って行きました。
(………。まぁいっか。)
とても疲れた少年は、大きな欠伸を一つしました。

――ネス……ネス……聞こえますか……?
(誰……?)
――ネス……どうか……どうか南へ……ツーソンへ向かって……
(誰なの?)
――ネス……。

少年はがばりと飛び起きました。
「……。」
清潔そうなベッドに、小さなソファ。
昨日はあれから、ホテルに泊まることにして、
部屋に入るなりこてんと寝てしまったのでした。
「誰なんだろう……」
一昨日、家で寝たときもそうでした。
夢の中で聞こえる、不思議な声。見知らぬ、女の子の声。
「お陰で寝た気がしないじゃないか……」
――え……だって……
なんだか頭の中に抗議の声が聞こえかけた気がしましたが、
少年は寝癖だらけの頭を掻きながら、歯磨きを始めました。
「ひゅうほんかぁ。」
歯を磨きながら、少年はツーソンに思いを馳せました。
お隣の町、ツーソン。そこで、誰かが呼んでいるのです。
「よし!」
少年はばしゃばしゃと顔を洗いました。次の行き先は決定です。

「ここは通行止めなんだよ!」
ツーソンへの道は、オネット警察によって、またしても通行止めされていました。
「どうして?」
「緊急事態だからだよ。」
「どんな?」
「どんなもこんなも、緊急ったら緊急なんだ!なんやかんやでアレだ、大変なんだ!」
少年は追い返されてしまいました。
(直談判するしかないか。)
少年はオネット警察へ向かいました。

「あ!やっと来たか、看板の読めない少年よ!」
一人のお巡りさんが、少年を見るなりつかつかと寄ってきました。
「……?」
「何だ、その誰だっけって顔は!昨日立ち入り禁止を違反したことで、
 話があるから来るようにっていったろう!すっぽかしやがって!
 ずっと待ってたんだからね!」
何だか恋人に怒られてでもいるかのようです。
少年はちょっと考えて、ぽんと手を打ちました。
そういえば、そんなこともあった気がします。
「立ち入り禁止と言うことはなぁ立ち入りを禁止すると言うことであって、くどくど……
 大体最近の子供は、くどくど……」
怒り出すお巡りさんの横から、すっと誰かが進み出ました。
この警察署の署長、ストロング署長です。
「まぁそうがなるな。君、規則を破ってはいけないと、学校で習ったろう。
 ルールは守らなくちゃならんぞ。」
少年はぺこりと頭を下げてから、改めて署長を見上げました。
この人なら、偉いのだし、何とかしてくれるかも知れません。
「何?ツーソンに行きたいだと?」
ストロング署長の眉がぎゅっと寄りました。
「立ち入り禁止ばかりでなく、通行止めも破りたいとは……。
 子供はうちで、ニンテンドーでもやっていればよい。」
少年は首を振りました。
「どうしてもツーソンに行きたいか。……いいだろう。ならば付いてきなさい。」
少年は奥へと案内されました。
途中に、見たこともないような鉄の扉があったので、ノックしてみました。
「入ってます。……って此処はトイレじゃないぞ!」
牢屋のようです。やっぱり警察署なんだなと、少年は実感しました。
奥の部屋には、五人の警官がずらりと並んでいました。
「どうしてもツーソンに行きたいのならば、その資格があるのか、示して見せろ!
 五人抜きだ。手加減は無しだぞ!」
(守護神……?)
少年が疑問を述べるより早く、五人の警察官は次々と跳びかかってきました。
「キェーイ!僕ちゃん、ブルブル震えちゃってるね〜?」
カッキーン。
少年のバットは、見事にポリスマンの一人を吹き飛ばしました。
残る四人は唖然として、飛んでいくポリスマンを見送ります。
窓から彼方へ飛んでいったポリスマンは、きらりと光って見えなくなりました。
「つ、次はこうはいかないもんね〜!」
次のポリスマンは張り手チョップを繰り出しました。
カッキーン。
またしても見事なホームラン。
「この俺に勝てるかな〜?」
カッキーン。
「まだまだぁ〜!」
カッキーン。
「………。」
残る一人に向かい、少年はむんっとバットを向けました。
「えぇい!俺じゃ話にならん!」
最後のポリスマンは、部屋から逃げ出してしまいました。
少年はきりりとした表情でそれを見送ると、ストロング署長に向き直りました。
「見事だな……少年。」
ストロング署長はにやりと笑いました。
「ならば最後は、スーパー・ウルトラ・サンボ・マンボ・マーシャルアーツと呼ばれた、
 この私が相手だ。くるがよい、少年!」
ストロング署長は、身体中から闘気を立ち上らせました。

「たぁあああっ!」
少年はバットを振り下ろしました。
もっ。
バットは見事命中したにもかかわらず、ストロング署長は微動だにしません。
(え!?)
「そんなものか?」
ストロング署長は、サブミッションを掛けてきました。
「うぐっ……」
これはかなり痛いです。
「どうした少年。今度はこっちから行くぞぉぉ!!」
ストロング署長が拳を振るってきました。少年は慌てて屈みます。
「ぬぉっ!」
少年の持っていたバットに躓き、転んでしまいました。
「おのれ……やりおったな。」
(今のは自業自得。)
ストロング署長はかっとなりました。滅茶苦茶に拳を振るってきます。
その拳骨の痛さと言ったら、半端ではありません。
数回当てられてしまった物の、何とかバットで応戦します。
「息があがっているようだぞ?ふはははは!」
少年は壁際に追い詰められてしまいました。
(ぜ、善良な一般市民になんてことを……)
そう思いますが、もはや逃げ場はありません。
――ネス……。
あの声が、脳裏を過ぎりました。
「僕は、ツーソンに行かなきゃならないんだ。」
少年は、バットを握りなおします。
「面白い……ならばその力、見せてみよ!」
ストロング署長は、とても公務員とは思えぬ形相で襲いかかって来ました。
少年はぐっと屈み込み、さっき偶然出来たように、ストロング署長の足を引っかけました。
「ぬぅっ!?またしても!?」
「やぁああ!!」
バランスを崩したところへ、一気に攻撃します。
「なんのっ!」
ストロング署長は、身体をひねってそれを交わしました。そこへ、
「PKスバァァァァン!!!」
ずばぁあああああん!!!!
漸く体勢を保っていたストロング署長に、避ける術はありませんでした。
「馬鹿なぁぁあああ!!!!」
悪役丸出しの台詞を叫びながら、ストロング署長は光の直撃を喰らいました。

「ツーソンに行くことを、許可するしかないようだな。超能力少年よ。」
ストロング署長はそう言って、ぶすぶすと頭から黒い煙を上らせました。
電話を取り出し、何やら話し始めます。
「あ〜、そうだ。ネスという名の、赤い帽子の少年が行くから、通してあげなさい。」
ストロング署長は電話を切り、少年に向き直りました。
「少年よ。私の負けだ。足を引っかけるなんて姑息とか、超能力なんて狡いとか、
 負け惜しみを言う気は一切無い。」
何だか不満が一杯のようです。
(たんなる署長にしておくのは、惜しいほどの逸材だったな。)
少年は思いましたが、それで何かに目覚められても困るので黙っておきました。
「君のその能力、ツーソンの超能力少女のようだな。」
(え……?)
ストロング署長の言葉に、少年は目を瞬かせました。
「ポーラスタ幼稚園の一人娘、名をポーラという。
 不思議な力を持つ少女だ。一度会ってみるとイイ。」
少年はストロング署長にお礼を言って、警察署を後にしました。
「ポーラ……か。」
少年はツーソンへと歩き出しました。






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