『ほかほかコーヒーと3番目の場所』 立ち上る湯気の向こうに、ほんのりと見えるは珠の肌…… 「何やらしい期待してんの?最っ低。」 ワンピースの袖を絞りながら、ポーラがじとーっとした目で少年達を見ました。 「や、だ!僕はそんな!……」 慌てふためくジェフを余所に、少年はすい〜っと泳ぎぬけました。 「広くて気持ちいいね。」 「ほぉんと、助かるわ。着衣のまま入れる温泉なんて。洋服も一緒に綺麗になるし… ………妙な視線を受けなくて済むしね。」 「だから僕はそんなことは……!大体、風呂に服着たまま入るなんて……」 ジェフはいまいち納得いかないように、自分の腕を見ました。 じっとりと水を吸い込んだ服。しかし温泉から上げると、みるみる乾いていきます。 ゲップーのアジトからの抜け道は、サターンバレーに繋がっていました。 そこは、どせいさんたちに人気の温泉地。ほかほかの温泉がわき出しています。 どせいさんの説明に寄れば、 「ふくきたまま だいじょうぶです すぐかわく どせいさんも いつも きたまま おんせんほかほかです」 「何を着てるんだよ、何を。」 ジェフは溜息を付いて温泉を見つめました。 「何か特殊な化学物質とかか……?一体どんな成分を……」 お湯の匂いを嗅いでいる横を、少年がバタ足で通り過ぎていきました。 「ちょっ!公共の浴場で泳ぐなよ!子どもじゃないんだから。」 「温泉で泳がない方が不健全だもん。水着も着ないでじゃんじゃん泳げるプールなんて なかなか無いんだから。」 「そんなこと言ったって………え?水着もって……」 ポーラとジェフは、嫌な予感と共に少年の方を見やりました。 いつもと変わらぬ赤い帽子を被っていますが…… 「ねぇ、ネス。もしかして、君、その下……」 「だって、お風呂だよ?脱ぐでしょ。」 少年は、きょとんと首を傾げました。 「最っ低!」 頭を抱えるジェフ。ポーラがぶん投げた岩が、少年に真っ直ぐ突き進みました。 「ふぅ〜さっぱりしたわ♪」 ポーラは爽やかにタオルで髪を拭いています。 「う〜ん、僕は記憶がさっぱり飛んでるんだけど。」 大きなコブをさすりながら首を傾げる少年に、ジェフは「何も聞くな」と肩を叩きました。 「ぷぅ〜。」 三度目の前に出現した大きな鼻に、ジェフはまた大きく身を引きました。 どせいさんがにこやかに(といっても、表情は変わらないのですが) 何かを差し出しています。 「こーひー のんでってください はいですか いいえですか?」 それは、お盆にのったコーヒーでした。 鼻の奥を擽る、香ばしい豆の匂い。少年達は顔を見合わせ、直ぐににっこり頷きました。 「どうぞです」 ―― 思えば遠く来たものだ。 ネス……きみがこの曲がりくねった冒険の旅路を歩むようになったのは、 あの最悪の隣人……ポーキーのノックの音がきっかけだった。 しかし、きみは歩き続け、考え続け、戦い続けてきた。 勇気を失わず、何度も傷つきながら、確実に強くなってきた。 それに、もうきみは一人じゃない。 可愛くて優しい、しっかりもののポーラがいる。 運命に引き寄せられるように、遠いくにから駆けつけてくれた、 気弱だがきれ者の、ジェフもいる。 どうやらネス。 きみは何か、とても大きな運命を背負った少年のようだ。 これから先の旅も、今まで以上に長く苦しいものになるだろう。 でも、きみなら大丈夫だ。 正しい者と、正しくない者とがいて、 それが戦ったとして、 正しい者が負けると、きみは思うかね。 決して失ってはならないもの…… それは勇気だ。 勇気は、最後の勝利を信じることから生まれる。 苦しいことも辛いこともまだまだ沢山あるだろうが、 そんなことを楽しむくらいのユーモアを持っているのが君たちだ。 コーヒーを飲み終えたら、また冒険は始まる。 ……広大な砂漠をぬけて、大都会フォーサイドへと、君たちは向かう。 ネス ポーラ ジェフ きみたちにいつも、幸運の女神が微笑みかけてくれるように……。 ―― 「ん?ん?」 少年はきょときょとと辺りを見渡しました。 「どうしたのネス?」 ポーラがふ〜っとコーヒーを冷ましながら此方を見ています。 「う〜ん……今何か、誰か何か言ったような……」 「何も言ってないぞ?」 ジェフが首を傾げました。 「可愛い?とか切れ者?とか、もの申したいことがあったような…… でも、なんだかこう、ほわぁっとした気分になるような言葉が……」 「寝惚けてたんじゃないの?暖まりすぎて。」 ポーラがくすくすと笑っています。 「う〜ん……」 少年は不思議そうにコーヒーを見つめました。 暖かな湯気が、ゆるゆると立ち上っていきました。 「あ、ネスかい?お前の銀行に、10980ドル振り込んでおいたからね。」 (い、一万ドル!?) 少年はパパの言葉に、思わず耳を疑いました。 「そんなに、一杯……?」 「うん?はっはっは!心配するなネス。ネスが頑張ってるから、 パパもお小遣い奮発しちゃおうって思ったんだ。」 (お小遣いの域を超えているような気がする。) デヘラーを沢山倒してレベルアップしたお陰で、パパが沢山振り込んでくれたようです。 少年はとりあえず、「ありがとう」と言っておきました。 「パパもお仕事大変なんでしょ?疲れてない?」 「おぉ?こりゃあ逆に心配されちゃったなぁ。……うん。大丈夫だ。 パパの方も順調順調。今度ネスに一杯お土産を買って……」 「部隊長〜っ!」 電話の向こうで、誰かの声がしました。 「どうしたんだ?とうとう奴の居場所を白状したか?」 「い、いえ。それがその……何者かの襲撃を受け、例の女が脱走! 付近を捜索中ですが、数騎の馬と共に忽然と姿が消えています!」 「くそっ……奴の仕業か……。まだ遠くへは言っていない筈。 レベルGの包囲網を張れ。鼠一匹、城の外へ出すんじゃないぞ。」 「はっ!」 (………。) なんだか凄く忙しそうです。 「頑張ってね、パパ。」 「ネスも、無理はするなよ。」 パパは、とても優しい声で言いました。 ![]() どせいさんホテルを出ると、ゲップーのアジトから解放されたどせいさん達が、 あちらでもこちらでも、楽しそうにお話ししているのが見えます。 「げんき げんき」 「3ぷんまってよかったな また3ぷんまちにきたか そうでもないか」 「なんか むつかしいことをかんがえよう これからのぼくは」 どせいさん達にも、いろいろ思うところがあるようです。 「ねぇネス。何処へ向かってるの?」 ポーラが後から声を掛けました。 少年は確かな足取りで、どんどん進んでいきます。 「3番目の、場所。」 サターンバレーの外れ、温泉の向こうにある、洞窟の奥。 そこに不思議な力の気配を、少年は感じていました。 洞窟の中は、案の定敵がわんさか襲ってきました。 ぽってりした緑色の身体に、小さなとげとげ。 ニタニタ笑顔のランブーブが、少年達に突き進みます。 すかさず少年がバットを振り上げた時、 「ケケケ」 ランブーブはうっとりする香の粉をバラ捲きました。 「!!!」 まともにそれを吸い込んだ少年とジェフは、ぱったりと倒れ、 そのままくぅくぅと眠ってしまいました。 「何してるのよ、もう!」 ごごぉおおお。 ポーラの手からあふれ出した炎に、ランブーブは漸く大人しくなりました。 「助かりました。」 「面目ないです。」 目を覚ました少年達は、恐縮してお詫びしました。 ポーラは大きく溜息を付きます。 「もうちょっとしっかりしてよね。油断しすぎなのよ。」 「「はい……」」 「いつも力押しで行こうとするからいけないの。能力とアイテムとを 効率よく使って、敵を間髪入れず戦闘不能に追い込む……」 お説教を始めたポーラの背後に、怪しい影が忍び寄ります。 「………。面倒くさいわね。行くわよ!」 「「はい。」」 フライパンを掲げるポーラに、少年達は素直に従います。 「まったく……誰がリーダーだかなぁ……」 (………。) ジェフの呟きに、少年はちょっと膨れて見せました。 次の敵は、さっきのランブーブに強いあるく芽にいけないキノコ。 勝てない敵ではありませんが、これだけの数が一度に来ると厄介です。 少年はバットを構え、敵の攻撃をかわしてから力一杯振るいます。 ジェフもスリングショットに持ち替え、すかさず援護します。 ポーラも両手を広げて、PKファイアーをとなえ…… 「きゃ!」 いけないキノコが、突然胞子をバラ捲きました。ポーラはそれを被ってしまいます。 「ポーラ!」 少年が駆けつけたときは、既に遅く…… 「もぉ、何なのよぉ!」 ポーラの頭には、ちんまりとしたキノコが生えていました。 ふらふらするポーラを支えるようにして、洞窟の奥へ。 一度外に通じていたのか明るくなりましたが、 ここからはまた、暗い洞窟の中へ入っていかなければならないようです。 「へ?何?こっち?」 「違う違う、そっち壁。」 ジェフが溜息を付きながら、ポーラを方向転換させます。 「ネス……本当に大丈夫なのかコレ?ポーラ、なんだかぼんやりしてるし……」 「うん。僕も前、生えたもん。大丈夫。」 少年は頭を撫でて見せました。 「人間の頭頂部に生えるキノコなんてなぁ。」 ジェフは不気味そうに、それでいて、少し興味深そうにポーラのキノコを眺めました。 するとポーラは口元に手を当て、頬を染めて上目遣いにいました。 「もぉ、そんなに見つめないでよぉ♪」 「………。」 ジェフは物言いたげに、少年を振り返ります。 「大丈夫、大丈夫。」 少年はふみふみと頷き、どんどん先へ進んでいきます。 ジェフは不安そうな顔で、少年の後を追いました。 「明らかに大丈夫じゃないだろ。絶対変だよ。」 その言葉に、フラフラ着いてきていたポーラが、くすくすと笑い出しました。 「変?変……かなぁ?そう、よねぇ……ふふっ。」 「ほら、ネス!絶対大丈夫じゃないって。一回戻ろう。このまま強敵にあったら……」 「もう会っちゃった。」 少年が指さす先には、キラキラと光る、怪しい影。 「よく来た。ここは三番目のお前の場所だ……しかし、今は私の場所だ……。 奪い返せばよい、出来るものなら……」 怪しい声に、少年はやる気満々でバットを構えます。 「こ、このまま行くのか!?」 ジェフは頭を抱えながら、スリングショットを握りました。 土のような色をした身体に、地の奥底まで伸びていそうな、がっしりした根。 三番目の場所に立ち塞がったのは、「長年樹の芽」でした。 小さな「あるく芽」達も従えています。 「PKズバン!」 ずばばばばばん! 少年の攻撃で、「あるく芽」達は直ぐに大人しくなりました。 が、「長年樹の芽」には、さほど変わりがないようです。 ジェフはスリングショットを放ちつつ、眼鏡を押し上げて、じっと様子を探ります。 「分かったぞ!弱点はPKファイアーだ!頼むぞポーラ! 「へ?なぁに?」 ジェフが振り返ると、ポーラはぼんやりと見上げていました。 「いや、だから攻撃。」 「あぁ……攻撃ね。攻撃。……ぅぅん……。」 ポーラは何やら、迷うように俯き、しゃがみ込んでしまいました。 「ポーラ?具合、悪いの?」 少年が心配そうに覗き込みます。 「だから言ったじゃないか!キノコの所為だよ!」 ジェフも、それ見たことかという様に駆け寄ります。 びしびしぃっ! 長年樹の芽は、無視するなとでも言うように、根を伸ばして攻撃してきました。 「うるさいな!今忙しいの!」 少年は鬱陶しそうにそれをバットで吹き飛ばします。 「ポーラ……?」 「うぅん……なんか……なんか……変なのよ……」 「うん。分かる。キノコの所為で、不思議な気持ちになるんだよね。」 「共感してる場合じゃないだろ。」 ジェフはディフェンススプレーで防御しながら、溜息を付きました。 ポーラは相変わらずぼぉっとしたまま、首を傾げています。 「不思議な気持ち……。そう……そうなの。不思議な気持ち……。」 そして頬を染め、潤んだ瞳で少年達を見上げました。 「いけないキノコの所為……なのかな?なんだか……そう……いけない……気持ちなの。」 がしゃこぉぉん。 ジェフは思わずスリングショットを取り落とし、ぎぎぃっと振り返ります。 「いいいいいイケナイキモチ!?」 少年は心配そうにポーラを見つめました。 「どんなの?」 「待て待て待て!聞くな聞くな!」 真っ赤になるジェフを、少年は怪訝な顔で見上げます。 「なんで?」 「なんでって……よ、よい子のゲームだぞ!」 「意味が分かんない。」 眉を顰める少年の肩に、すっと柔らかい感触がありました。 ポーラの手が肩を伝い、そっと頬に触れます。 「ネス……」 「っ!!!」 なんだか心臓が「どがん!」と変な音を立てたような気がしました。 それまで何でも無かったのに、突然顔がかぁっと熱くなります。 ポーラはにっこりと笑みを浮かべ、少年の頬に触れたまま、 ジェフの方へ視線を移しました。そして、もう片方の手を伸ばします。 ジェフもまた、ぼぉっと誘われるようにその手を取りました。 「二人とも……」 ポーラはうっとりと微笑み、柔らかな声で呟きました。 「PKファイアー。」 ごごごごぉおおおおおおおおおおお 「「………。」」 少年達は、コントのオチみたいなチリチリのヘアスタイルで、 どんよりとポーラを見つめました。 当のポーラは、何とも恍惚とした表情で、踊るように進み出ます。 「あぁっ!なんだかイケナイことをしたい気分だわ〜♪」 「イケナイって……。」 「PK……」 「「ちょ、ちょっ!待っ……!」」 「ふぁいあー♪」 ごぉおおおおおおお 所構わずPKファイアーを連打するポーラから逃げ惑い、 長年樹の芽の攻撃を必死にかわし、次々生えてくる「あるく芽」を倒し……。 少年達はへとへとになりながらも戦い続け、上手く避けたPKファイアーが 長年樹の芽に命中し、なんとか勝利できました。 「ど、どうしたの二人とも!?何!?そんなに強敵だったの!? 私、何故か何にも覚えてないんだけど……」 不思議そうな顔をするポーラに、少年達はいっそ清々しい表情で答えました。 「強敵だったよね。」 「敵より味方が恐ろしかったけどな。」 「?」 三番目の場所に漂う柔らかな空気。 それに触れた途端、ポーラのキノコは消えていました。 身体も少し軽くなったような気がします。 奥へ進むと、見えてきたもの。 それは、ミルクのような淡い白の水がわき出す、不思議な湖でした。 (………。) ふわふわした暖かなものに包まれるような感覚。 そのほんわりとした空気の中で、少年は遠くにママの声がしたように思いました。 「思いやりのある強い子に」と、聞こえました。 〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜♪ 少年の持つ音の石が、ミルキーウェルの音を記憶しました。 「さぁて、お下品魔王も倒したことだし、お化けもゾンビもこれで居なくなったでしょう。」 ポーラがう〜んと伸びをしながら、にっこりと振り返りました。 「ゲップーの言ってたことも、気になるしな。」 ジェフが生真面目に頷きます。 少年はバットでびしりと東を示しました。 「次の目的地は、大都会フォーサイド!……。」 そのまま少し沈黙し、キラキラした表情で振り返りました。 「ねぇ、都会って見渡す限りに人が居るんでしょ!電車はすし詰めの満員で、 カラオケが安くって、あっちこっちに「でぃすこ」が有って、 あ!車が空飛んでるってホント!?」 ポーラとジェフは、深い溜息を付きました。 ![]() つづき→ |