『うちゅうじんとカブトムシ』 イーグルランドのはずれにある街、オネット。 その市街にある、小さな家。 ひゅるるるるるる………ごごぉぉぉん!!!! 突然の轟音に、少年は飛び起きました。慌てて電気を付け、窓から外を覗きます。 どうやら近所に、何かとんでもない事が起こったようです。 いても立ってもいられず、少年は部屋を飛び出しました。 廊下では、妹のトレーシーが不安そうにしています。 「あ、お兄ちゃんも起きちゃったの?すっごい音だったね〜。なんだろう?」 少年はこくりと頷き、階段を下りていきました。 リビングでペットの犬、チビが寝ています。 「(人も犬も夜は寝るもんだぜ。寝ろよ。)」 と怒られてしまいました。チビはクールなのです。 やっぱりママも起き出していて、窓から外を窺っていました。 「まぁネスちゃん!すごい音だったわね〜。一体何なのかしら? あら?ネスちゃん、あなたちっとも怖がってないみたいね。」 少年はやはり、こくりと頷きました。 「あら、なぁにその顔は。わかってるわ……どうせ駄目って言っても 観に行くんでしょう?その前にせめて、着替えて行ってらっしゃいね。」 (まだ何も言って無いんだけどなぁ?)と、少年は思いましたが、 有無を言わさずママに部屋に戻されてしまいました。 しましまのパジャマを着替えて、もしゃもしゃの寝癖を撫でつけて、 少年はお気に入りの野球帽をすっぽりと被りました。 鏡を覗いてみると、なかなかの男前です。 「うんうん。恰好いいわよ。さぁいってらっしゃい!」 少年はママに押し出されるように、家を出発しました。 外に出ると、そこら中にお巡りさんがうろちょろしていました。 少年はとりあえず、一人お巡りさんに話を聞いてみました。 「あっちへ行け!此処はオネット名物の道路封鎖中なんだ。 ギネスブックも狙って居るんだぜ〜。」 道路封鎖でギネスとは、迷惑な話です。 (頭悪いのかなぁ?)と少年は思いましたが、別の道へ行ってみることにしました。 進む道にも、お巡りさんが一杯です。 「こっちにゃ隕石が落っこちるし、 街ではシャーク団の連中が暴れだしてるっていうし、 お前みたいな子供がうろうろするし、腹はペコペコだし……いやんなっちゃうよなあ。」 嫌味を言われてしまいました。 ちなみにシャーク団というのは、街中の不良少年集団のことです。 「じゃまだ・じゃまだ・じゃまだ・じゃまだ・だまじゃ……おっと! じゃまだって言ってるんだ!」 どうやらお巡りさん達も、人を追い返しすぎて訳が分からなくなっているようです。 途中で知り合いのお兄さんにも会いました。 「すげぇんだぜ!いん石だよいん石!ごごぉって! 俺が一番に見に来たんだぜ!俺が一番なんだ!」 お兄さんはしきりにそう訴えていました。 (なんでこの人、夜なのにサングラスかけてるのかなぁ?)と少年は思いました。 どうやらさっきの大きな音は、いん石のようです。 音の聞こえた方を目指して、坂道を上っていきます。 途中に知り合いのおじさん、ライヤーホーランドさんの家があります。 ホーランドさんは声を掛けてきました。 「やぁネスちゃん。いん石が凄かったよ〜。 俺はいつもニンニク食べて鍛えてるから大丈夫だったけど、 普通の人だったら気絶してたね!」 少年がふむふむと頷くと、ホーランドさんは満足げにふんぞり返りました。 (いつもこの人から異臭がするのはそのせいなんだぁ。)少年は納得しました。 「警官がうろちょろしてるうちは、俺の人生をかけた秘密の宝探しもできな…… おぉっと!口がすべりそうになちゃったよ〜むふふ。」 ホーランドさんは何かを期待する目で見ていましたが、 少年はぽかんと見上げているだけでした。ホーランドさんは咳払いして続けました。 「そんなことよりネスちゃん。この素晴らしい看板はチェックしてくれたかな〜?」 家の脇に、小さな看板がちょこんと立っています。少年は見てみることにしました。 「トレージャーハンター・ライヤーホーランドの家はここです」 と書いてあります。 「トレージャーハンターって何?」 少年は首を傾げました。 「宝探しの専門家さ!」 ホーランドさんはふふんと鼻を鳴らしました。もんわりとニンニクの匂いがしました。 「そうなんだ、すごいんだね。ぼく、おじさんは無職なんだと思ってたよ。」 「………。」 ホーランドさんはちょっと切ない顔になりました。 ようやく音のした辺りまで来ましたが、やっぱりここも、お巡りさんが塞いでいます。 そして、お巡りさんの他にも、とても目立つ人がいました。 「いいじゃんかぁ〜!ちょっとくらい見せてくれたっていいだろぉ〜!」 鼻息も荒くうろちょろしているのは、小太りの子。 彼は少年の隣の家に住んでいる、ポーキーという名の男の子です。 「お!ネス!」 ポーキーは少年に気が付くと、どすどすと近づいてきました。 「なんだネスじゃないか。 野次馬は警察のみなさんの邪魔になるぞ! お前はもう帰れよ。 いん石のことなら、このポーキー様が明日くわしく教えてやるからさ。 俺はいいけど、お前は邪魔になってるんだよ!」 ポーキーは少年の肩をぐいと押すと、またお巡りさんの方へ戻っていきました。 少年は肩をこしこしと擦ってから、お巡りさんの方を見ました。とても迷惑そうです。 「あ!ネスじゃないか!」 今度はお巡りさんが少年に近づいてきて、耳打ちしました。 「ポーキーがうるさくて参ってるんだ。なんとかしてくれよ。友達なんだろう。」 「いいえ。」 少年はふるふると首を振りました。 「友達じゃなくたって、家が隣同士なんだろう?なんとかしてくれよ。」 何とかと言われても、ポーキーは少年よりずっと身体も大きく、 わがままですから、少年にはどうにもなりません。 (めんどくさいな。) 少年はくるりと後ろを向いて、家に帰ることにしました。 家の前ではママが待っていてくれました。 「何も言わなくて良いの。ママには分かってるわ。さぁもう一度お休みなさい。」 ママにそういわれ、少年はまだ温かい自分のベッドに潜り込みました。 やがて眠くなって…… とんとこ・とんとん・とんとん 変なリズムのノックで、目が覚めました。 ノックというよりは、人ん家のドアで、コンガの練習でもしているようです。 少年は目を擦りながら廊下に出ました。 「あ、お兄ちゃん!誰かがノックしてるみたい。下品な叩き方だなぁ。」 トレーシーが呟きました。 少年が階段を下りていくと、ママが不安げにドアを見ています。 「こ、こんな時間に……。ネス!出て頂戴!」 少年は驚いて自分を指さしましたが、ママは目で行け行けと合図します。 (単身赴任でパパがいない以上、家族を守る男手はぼくだけか…) 少年は諦めたように溜息を付き、ドアを開けました。 「たたたたたた大変なんだよぉぉぉ!!!」 文字通り転がり込んできたもの。それはポーキーでした。 「なにが?」 「何がって、何がじゃないよ。いん石の落ちたところにピッキーを連れてったら…… あ、おばさん、こんばんは。いつもきれいですね、へへへ〜。」 ママは「まぁ」と頬に手を当てました。ピッキーとはポーキーの弟です。 「えーと、つまりピッキーを連れてったらさ、いなくなっちまったんだよ! 警察が悪いんだよ。僕は全く持って悪くなくってさ。 でも、父ちゃんが帰ってきたら俺が怒られるだろ。ケツ百叩きだ! 一緒にピッキーを探しに行ってくれるだろ? 親友だってことでさぁ!なぁ!」 「誰が親友なの?」 少年は何処までも純朴な目で言いました。 「ぐっ……そういう冷たいこと言うと、心が張り裂けそうなこと言うぞ!」 「いいよ〜。どんなの?」 少年の目には、興味津々と書いてありました。 「心が張り裂けそうなこと言わないから付いてきてください、お願いします……」 ポーキーは滝のように涙しながら言いました。 「心が張り裂けそうなこと……聞いてみたかったのに……」 「よぉし友よ!れっつでごーだぜ!」 少年の曖昧な返事を勝手に肯定と取り、ポーキーは少年と腕を組みました。 「ちゃんとママに挨拶して行けよ。ねぇおばさん♪」 ポーキーはへらへらと愛想笑いをしました。 (熟女趣味?)少年の疑問をよそに、ママはふみふみと頷きます。 「話はわかったわ。頼りにならない犬だけど、チビを連れて行きなさい。 トレーシーの部屋にあるボロのバットも、こんな時にこそ役立つのよ。 よその人は何て言うか知らないけど、ママにはとても頼もしく見えるわ、ネスちゃん イエーイ!ファイト!ファ・イ・ト♪」 そうしてママは歌い出しました。 (こんな時ってどんな時なんだろう。ママは日頃からこういう事態を想定してるのかな?) ママに促されるまま、少年は着替えるために部屋に戻りました。 少年は再び赤い野球帽を被り、黄色いリュックを背負いました。 トレーシーの部屋からボロのバットを持ってきて、それもしっかりリュックに入れます。 一階に下りると、いつの間に下りてきたのかトレーシーも居て、クッキーをくれました。 夜中は小腹が空くので有り難く仕舞いました。 ふと見ると、チビがこっちをじぃっと見ています。 「(ぼくに付いてきて欲しい?)」 チビは品定めするように少年を見ました。少年は考えました。 犬、番犬。でも彼はてんとう虫に泣き叫ぶ犬。微妙なところです。 「(そんなに悩むんじゃねぇっての!しょうがないから行ってやるよ!)」 なんだかチビは投げやりに言いました。 「お、来たな。お前が先頭に立つんだ!いこうぜ!」 ポーキーが寄ってきて言いました。少年はこくりと頷きました。 RRRRRRRR…… 突然、家の黒電話がなり出しました。 「ネス!出て頂戴!」 「早く出ろよ!」 (ママは兎も角、なんで他人にまで急かされなきゃならなんだよぉ。) 少年は膨れっ面で電話に出ました。 「もしもしパパだ。」 パパでした。単身赴任で、いつも家にいないパパ。 でも時々こうして電話をくれます。 「若いときの苦労は買ってでもしろ、という言葉があるだろう。 パパはいつでもお前の味方だ。恐れずに勇気を持ってやってみなさい。」 (!!!!!) 少年は目を見開き、周囲を見渡しました。でも誰もいません。 「はっはっは、何きょろきょろしてるんだネス。」 パパはからからと笑います。一体パパはどうやってこの状況を見ているのでしょう。 (超人……) 少年は恐怖に駆られた表情で、受話器を握り締めました。 「冒険の節目節目には、必ずパパのところに電話しなさい。 冒険の記録をつけてあげるからね。」 少年はかくかくと頷きました。用はセーブと言うことです。 「お前の銀行口座に30ドル振り込んでおいたよ。 キャッシュカードを持っているだろう? キャッシュディスペンサーから引き出して自由に使いなさい。」 MOTHER2では、こうしてお金を手に入れます。 「健闘を祈る!ヒーローの父親になれるんだから、悪い気はしないぞ〜。ははは!」 がちゃん。ツーツーツー。 爽やかな笑い声と共に、電話は切れました。 何となく腑に落ちない物を感じながら、少年はポーキーとチビと共に家を出ました。 とことこと坂道を上っていく少年一行。 お巡りさんはもう帰ってしまったのか、姿が見えません。 ホーランドさんはまだ居ました。とりあえずピッキーの事を訊いてみます。 「小さい子供が上の方にいたみたいだったけど、俺は忙しくてなぁ……」 「無職じゃないんだもんね。」 「う、うん……」 少年の言葉に、微かに傷ついたように目を伏せながら、ホーランドさんは続けました。 「そう言えばネスちゃん。アンタに今度見せたいものがあるんだ。」 ホーランドさんは言いました。 少年がきょとんとしていると、ホーランドさんは顔を近づけて念を押しました。 「ネスちゃんだけに、見せてあげよう。」 (頼んでないのに……)少年は首を傾げました。 「おい、ネス!早く行こうぜ!」 ポーキーが急かすので、少年は慌てて後を追いました。 お巡りさんの置いたバリケードはまだ残っていましたが、 誰もいなければ乗り越えるのは簡単です。 少年達はいん石の落ちた現場へ、足を踏み入れました。 「(こ、こんな怖いところだと知ってたら……)」 不意にチビが震え出しました。 「(ぼくは来なかったんだよ!帰る!)」 そしてそのまま走り去ってしまいました。 「あ〜!犬〜っ!」 ポーキーが捕まえようとしましたが、あっという間に見えなくなってしまいます。 (特に期待してなかったからいいけど。) 少年はぐるりと周囲を見渡しました。何処からともなく、洟を啜るような音が聞こえます。 もう一度よく見てみると、木の陰でピッキーが泣いていました。 「ピッキー?」 少年が覗き込むと、ピッキーは慌てて跳び上がり、顔をごしごしと擦りました。 「ぽ、ポーキーが怖がっていなくなったから ずいぶん捜したんだぞ。 無事でよかった。はやくうちに帰ろうぜ。まったくどっちが兄貴だかわかりゃしない!」 そして誤魔化すように腕をぶんぶんと振りながら歩いていきます。 ポーキーが「なんだとぅ」とか言っています。 少年はにっこり笑って 「うん、帰ろう。」 と言いました。 いん石は妖しい光を放っています。 まだあちこちで火が燃えていました。あついです。 少年はじぃっといん石を見ました。勿論いん石を見るのは初めてでしたから、 とても珍しく思ったのですが、それより何か、もっとずっと不思議な感じがしたからです。 「ネスー!」 ピッキーに呼ばれ、少年は後を追いました。その時、 「なぁネス、ブンブーンっていうカブトムシが飛んでるような音、聞こえないか?」 ポーキーがそう言いました。少年は耳を澄ましてみました。何にも聞こえません。 「聞こえろよ!」 ポーキーが無茶なことを言って地団駄を踏んだとき、 しぽーんといん石から何かが飛び出してきました。 ――カブトムシです。 カブトムシは空中旋回すると、少年の方を向きました。 「わしはカブトムシ……ではないっ!10年後の未来からやって来た者、じゃ!」 カブトムシが、喋りました。ポーキー兄弟は「ひゃあ!」と声を上げました。 少年は「おぉ〜」と口を開けて、カブトムシを見ていました。 「我が名はブンブーン。未来はもうさんたんたる有様なの……じゃ」 カブトムシは遠い目(わかりにくいけど)で話し始めました。 「ギーグという銀河宇宙史上最強最悪の破壊主が、何もかもを地獄の底に 叩き込んでしまったの、じゃ!」 (それは大変だ)と少年は思いました。 「しかし、バットじゃ……わしのいる未来に不思議な言い伝えが残っているの、じゃ。 『少年がそこにたどり着くならば、正しきものは光を見つける。 時の流れは悪夢の大岩を砕き、光の道ができる』とな。 その少年がネス、アンタなの、じゃ!!!」 (それは大変だ)と少年は思いました。 「……と、わしの鋭い直感で分かったの……ちょっと、聞いてるぅっ!?」 帰ろうとしている少年に、カブトムシは叫びました。 「蜂蜜、おうちにあるよ。」 「有り難う!気遣いはとっても嬉しいんじゃが、今は蜂蜜もカブトムシゼリーもイイの! ちょっと話聞いて頂戴ねぇっ!」 少年はぺたりと地面に座りました。 カブトムシは咳払い(らしきもの)をして、話を続けました。 「悪の計画は、すでに地球の一部に及んでおる。今戦いを始めれば間に合うはず、じゃ! 大切なのは知恵と勇気、そして仲間たち。言い伝えでは三人の少年と 一人の少女がギーグを倒すということ、じゃ。」 少年はふみふみ頷いた。 「長い話をよく聞いたの。わしの見込み通りの少年、じゃ。 詳しいことは後で教えよう。行くぞネス!さぁ出発じゃ!」 カブトムシはブーンと飛んで、少年の頭に乗りました。 ぱしんっ! 「ちょ……なんで潰すの……。」 「御免。条件反射。」 少年はすまなそうに笑いました。 「おい、ネス。随分面倒なことに巻き込まれたみたいじゃんか。」 ポーキーが怖ず怖ずとブンブーンを覗き込みました。 「三人の少年って、僕も入ってるのかな?嫌だなぁ〜。ドキドキ。」 ポーキーの頬が赤くなりました。見ていたら、少年はおかめ納豆が食べたくなりました。 少年達は家路を急ぎました。 家の灯りが見えてきました。もうすぐです。しかしその時―― ぶぉん…… 奇妙な音共に、目の前に巨大な人影が立ちふさがりました。 全身銀ぴか。顔には、目のように見える赤い点が一つ。 一ミリの疑いようもなく、それは宇宙人でした。 「あひゃぁ、はあああっぁぁあ!」 ポーキーが素っ頓狂な悲鳴を上げました。ピッキーもガタガタ震えています。 「ヒサシブリダナ、ブンブーンヨ。」 宇宙人が言いました。ブンブーンは少年の頭の上で、呟きました。 「スターマン……むすこ。」 (むすこなんだ……) 少年は宇宙人にも家庭事情というものがあることを知りました。 「ブンブーン……モウアキラメロ。ギーグ様ニサカラウコトナド、デキハシナイ。」 ブンブーンはその言葉を鼻で笑いました。 「此方には英雄がおる。泣いて詫びるのは貴様等のほう、じゃ!」 宇宙人の赤い目が、きゅうっと細くなったように見えました。 「オマエハ、エイユウデハナイ。タタキツブシテヤル!」 宇宙人が襲いかかってきました!少年は驚いて飛び退きます。 「さがっておれぇぇ!!」 ブンブーンが叫びながら宇宙人に体当たりしました! 握り拳より小さいブンブーンの体当たり。 しかし宇宙人は空中できりもみして吹っ飛び、木にぶつかりました。 「ヤリオッタナ……」 宇宙人はビームを発射しました。ブンブーンは寸手でそれを交わします。 少年ははっと思い付き、リュックからバットを取り出して、ぎゅっと握りました。 「やあっ!」 かいんっ。 「イタッ……」 地味にいたかったようです。宇宙人はぎぬろと少年を睨んだように見えました。 少年はひっと身を縮めます。宇宙人がビームを此方に向けて…… その時、淡い光が少年を包みました。 ビームはそれに阻まれます。ちょっと腕がちりっと痛みましたが、掠り傷で済みました。 ブンブーンがバリアを張ってくれたようです。 「下がっておれと言っているのじゃ!」 ブンブーンは再び宇宙人に向かっていきました。 宇宙人が腕を振り回し、ブンブーンは地面に叩き付けられましたが、 再びブーンと飛び上がり、ぱしりっと光線のような物を放っています。 少年はバットをきつく握りました。 「見てるだけなんて……できない!」 バットを掲げ、少年は宇宙人に跳びかかっていきました。 目の端に、ピッキーが石を投げて参戦しているのが見えます。 ポーキーは 「へへへ。へへへ。」 とひたすら愛想笑いしながら、宇宙人に菓子折を差し出していました。 がいんっ! さっきより大きな音がしました。少年のバットが、見事宇宙人に命中していました。 「キ、キサマ……」 赤い目で少年を睨みながら、宇宙人はふわりと闇に溶けていきました。 「ほほぅ。流石はわしの見込んだ少年じゃ。」 ブンブーンは親指をぐっと立てました。(そんな気がしました。) 「だがまだ安心は出来んぞネス。ギーグが送り込んでくる刺客は沢山おる。 それに、この世界の悪しき心を持つ者達が、お前の行く手を阻むじゃろう。 それもまた、ギーグが奴等の悪の心を刺激するからなの、じゃ!」 少年はこくりと頷きました。 何だか途方もない話だと思いましたが、目の前に現れた宇宙人を見れば、 少年に残された道は一つでした。 あんなのが、家族や、友達や、街の人たちに襲いかかったらどうなるか。 今はブンブーンが居てくれたから良かったけど、 自分も強くならなければ、大事な人たちを守れない。 少年はバットをリュックにしまうと、ぎゅっと星空を見つめました。 ポーキーの家に着きました。 「一体何処をほっつきあるってたんだいアンタ達はァアアっ!!」 ポーキーのお母さん、ラードナおばさんの金切り声が待っていました。 ポーキー達は震え上がります。少年が気まずそうに会釈すると、 ラードナおばさんは不機嫌に鼻を鳴らしました。 ラードナおばさんは大きいです。ポーキーも大きいけど、ラードナおばさんはもっとです。 鼻息が少年の髪を、ぶわりと揺らしました。 (家系って凄いな。)少年は思いました。 「うちの餓鬼共が、偉い迷惑を掛けたようで済まなかったねぇ。」 おじさんの声がしました。ポーキーのお父さん、アンブラミおじさんです。 そして、ラードナおばさんより、さらにおっきいのです。 (名は体を表す。)と少年は思いました。 アンブラミおじさんは、メガネをくいっと上げると 「二人ともお仕置きだぞ!」 逃げるポーキー達を追いかけて、二回へ言ってしまいました。 ばばばば・ずび・ずびびびびび・ずべしっ・ばしっ!!! 見事なコンボ数が聞こえてきました。 アンブラミおじさんは涼しい顔で戻ってくると、少年を嘗め回すように見ました。 「それはそうと、お宅の家、そろそろ立ち退いてくれないかねぇ?」 少年はきょとんとしました。 「あんたの親父さんには、大金を貸してるのさ。何百億ドル…… に、ちょっと欠けるくらいのな。 おかげでうちは貧乏暮らしさ〜。」 少年は目が痛いほどの青で埋め尽くされた家を見渡しました。 「まったく、ウチの人のお人好しには呆れるよ。」 ラードナおばさんが、にたりとしながら言いました。 少年はちょっと考えてから、アンブラミおじさんを見て首を傾げました。 「詐欺?」 「なななな何を言い出すのかなぁこの子はぁぁっ!!!? 全くどういう教育をしてるんだか……」 「だってあの飾ってある絵、この前一万ドルだってポーキーが自慢して……」 「ままままぁったくぅ!正直者は損ばっかしてたいへんだわぁ〜っ!」 慌てて絵を裏返しながら、ラードナおばさんはホホホと笑いました。 「こやつら……何と身も心も油ギッシュな奴等、じゃ!」 頭の上でブンブーンが言いました。 「わし、ちょっと説教してくる。」 「あ……」 ブンブーンはブーンと飛んで、ラードナおばさんの所へ行きました。 「あ〜、オホン。ご婦人、ちょっと良いだろうか……」 「キィィ!五月蠅い便所バエだよ!死んで地獄へ行け!」 ずびしっ!ブヒョ〜ンヒョ〜ンォ〜ン……ぽて。 「え。」 少年は足下に落ちてきた物体を見下ろしました。 それは、虫の息になってしまったムシ、ブンブーンでした。 超能力カブトムシブンブーンは、宇宙人も手こずらせるブンブーンは、 なんと主婦の手刀で致命傷を負ってしまったのです! 「わ、わしは……思ったよりもずっと、ずっとかなり……弱かった。」 ブンブーンはぜへへぇと息をしながら言いました。 「ムシさん!」 少年はしゃがみ込んでブンブーンに縋ります。 「い、いや……一応わしにも名前…ぐはあっ!余計なことを話しているときではない。 ネスよ……わしに構わず、お前は必ず冒険の旅に出るの、じゃ!」 「ムシさん……」 「いや、だから名前……ま、まぁよい。遺言を聞いてから行け……」 「ゆいごん?」 少年は首を傾げました。 「ギーグを倒すには、地球とお前の力を一つにすることが必要、じゃ。 地球には、お前のパワーを揺り起こし強めてくれる『お前の場所』が8箇所ある。 そこをすべて訪れるのだ。一つ目の場所は……このオネットにある。 『ジャイアントステップ』と呼ばれている場所、じゃ!わかったか?」 「ん……うんん?」 いまいちよく分かっていないようです。 「そ、そうか……物わかりのよい子じゃ……」 分かっていることにして、ブンブーンは話を進めます。 「わしが死ぬ前に、これだけは渡しておかねばなるまい。音の石、じゃ! 地球上に八カ所ある『お前の場所』の音をしみこませる、グレートなアイテムじゃ。 嬉しいじゃろう?」 そう言って(一体何処に隠し持っていたのか)手の中にすっぽり収まるほどの、 小さな石を差し出しました。少年はとりあえず匂いを嗅いでみました。 「馬刺しの匂いがする……」 「いいから!やな顔しないで持っておきなさい!……さて、わしはもう死にそうじゃが、 あえてこの話をもう一度聞きたいか?」 少年は少し考えてから、首を縦に振りました。 「そ、そうか……ではもう一度……ギーグを倒すには……」 そうしてブンブーンは、少年が首を振る度に話してくれました。 五、六回は聞いたでしょう。 「ネ、ネス……わし、本当に限界なんじゃけども……理解できた?」 少年は、首を横に振りました。 「の、のぅ……本当に……」 そこまで言って、ブンブーンは漸く気が付きました。 少年の顔が、泣き出しそうに歪んでいることに。 このまま、ずっと分からないで居たら、死なないでくれる。 そう思っているようでした。 ブンブーンはにっこり笑いました。(笑ったように見えました)。 「お前は、優しい子じゃな。」 そして頭……には届かないので少年の膝を、前足でそっと撫でました。 「じゃが……理解できるな?」 少年は、こっくりと頷きました。 「良かった……もう夜が明けるのぅ……死んでゆくわしには、関係ないこと、じゃ……」 そしてブンブーンは、宇宙人がそうだったように、静かに消えてしまいました。 少年はこしこしと目を擦って立ち上がりました。 「おや。隅の方で何ブツクサ言ってるのかと思ったけど、 漸く出てってくれる気になったかい?」 ラードナおばさんが笑いました。少年は少し俯いて視線を逸らし、ぼそっと言いました。 「メタボリック……」 「んなっ!?」 「お邪魔しました!」 少年は外へ駆け出しました。 ブンブーンの言ったとおり、空はゆっくり明るくなっていきました。 朝の爽やかな風が、吹き抜けていきます。 少年はバットを抜き取って、びしりと太陽を示しました。 ![]() つづき→ |