『ハッピーな奴等と救出劇』 ハッピーハッピー村は、それはそれは真っ青な街でした。 少年は、その青だらけの街に足を踏み入れました。 人々は口々に「ブルーブルー!」とか「青って最高!」とか 「青大将。」とか「青のり。」とか「青島、確保だ!」とか言っています。 一体青の何がそんなに良いのでしょう? 「ちょっとぉ〜、そこの君君ぃ〜♪」 突然、満面の笑みを浮かべたお姉さんが寄ってきました。 「世界を穢れ無き美しい青にするために、寄付を求めてるのよ〜。 僕、いくらでもイイから寄付しなさい。」 (命令!?) 少年はじりじりと後退ります。 「僕……子供だし……お金……ないから。」 お姉さんはにこにこ笑顔のまま、かくりと下を向きました。 そのままガバリと顔を上げると――般若がそこにいました。 「寄付しないなら………つきまとってやるぞ……。ブルーブルーブルーブルー!!!」 (!!!!) 少年は一目散に逃げ出しました。 「はぁ……はぁ……」 少年は1ドル寄付して、なんとか般若から逃れました。 般若は人間に戻ると、絵はがきを一枚くれました。 なんだか知らないおじさんの写真が載っています。 「い、いらない……」 少年はぐったりして、壁により掛かりました。と、のっそりと壁が動き出します。 (なんだ……牛か。……牛?) んもぉ〜っ、と鳴く牛。一応ホルスタインのようですが、明らかにおかしい所があります。 「青い。」 なんと牛まで青いではありませんか。 牛は満足げに「んもほぉ〜っ」と鳴いていますが、少年はドン引きです。 (ご、合成着色料?身体に悪そう……) 少年が怖々牛を触ってみていると、 「我がセマイケンド牧場に何か用かな?」 牛の後からおじさんが顔を出しました。やっぱり青い服を着ています。 「ねぇ、おじさん……この村、何?」 「何とはご挨拶だな。何も知らずに、このハッピーハッピー村にきたのかい?」 少年がこくりと頷くと、おじさんはやれやれと言うように頭を振りました。 「ここはハッピーハッピー村。カーペインター様の治めるブルーブルーな村なのだよ。」 カーペインター様は宇宙と交信できる素晴らしい御方。世の中全てをブルーにすれば、 みんな幸せになれるというのが、カーペインター様の教えなのだよ。 ほら、青って素晴らしい言葉ばかりだろう?青春、青い鳥、青海原!」 「青っ洟、青カビ、青アザ、青むくれ、青二才、青天の霹靂、青酸カリ……そうかなぁ?」 「そ、そうなんだよ!青はイイったらイイの!ブルーブルーを信じるなら 泊めてあげようと思ったけど、もう知らんからな!」 おじさんは何故か悔しそうに地団駄を踏みながら、家の中へ戻っていきました。 (ブルーかぁ。) 少年は空を見上げました。あまりにも真っ青なハッピーハッピー村。 目が痛いほどの青に当てられたのか、空も心なしか曇って見えました。 (見つからないなぁ……) トンチキさんの言葉に寄れば、この村の何処かにポーラの捕らわれている小屋が あるはずなのですが、それらしいものは見あたりません。 (お腹空いたなぁ……ん?) ふと、ある物が目にとまりました。レジャーシートの上に乗った卵とバナナ。 傍らには、何やら書いてある看板があります。 「無人販売所。貴方を信用します。」 そしてバナナと卵の値段も。少年はひょいとバナナを手に取りました。 (あの子もお腹空いてるかなぁ?) 書いてある値段の通りお金を置き、少年は一本をリュックへ、一本は向いて食べました。 程よく熟していて、なかなか美味しいバナナです。 (ん〜、空きっ腹に染みるなぁ。あれ?) 何やら視線を感じます。近くの木の向こう側。食い入るように少年を見ている人が居ます。 (ほしいのかな?) 少年は話しかけてみました。 「無人販売所で悪さする人が居ないか、こうして見張ってるんだ。 お前、ちゃんと払ってたな。えらいえらい。」 (………。) 全然信用していないようです。少年はとっても複雑な気分になりました。 上機嫌のようなので、ついでに小屋のことを聞いてみることにしました。 「使われていない小屋?う〜ん、確か街外れに一軒あったはずだよ。」 少年はお礼を言って歩き出しました。やっぱり目に付かないところにあるようです。 (もう少し手がかりがあると良いんだけど……) ふと、怪しい人物が目に入りました。仮面で顔を隠し、何やらニタニタしています。 これは全力で怪しいです。少年は話しかけてみました。 「あ、これはどうも。」 男の人は、何やらフレンドリーに振り返りました。 「女の子だったらちゃんと北の洞窟に閉じこめておきましたよ。ね! え?あれ?仲間じゃない!?……あ、その、あの、今の話は忘れてね。へへへ♪」 これはいよいよ怪しいです。少年はその人を問いただしましたが、 のらりくらりと交わして、それ以上喋ってくれません。 (行ってみるしかないか。) 少年は北の洞窟目指して歩き出しました。 洞窟を進む少年の前に、影が立ちふさがりました。 「ブルーじゃない怪しい奴め!」 (……。) 立ちはだかっていたのは、すっぽりと青い目出し帽を被った人。 少年は指さして言いました。 「不審者。」 「誰が不信者だとぉ〜!!!俺はバリバリ信者だぁぁぁ!!!」 何やら怒らせて仕舞ったようです。 (だって、どう考えても、そっちの方が怪しいよなぁ。) 「ハッピーハッピー教に歯向かう、ブルーじゃない奴!始末してやる!」 乱暴な信者はペンキの刷毛で殴りかかってきます。 ブルーのペンキがそこいら中に飛び散って、危うく頭から浴びてしまいそうです。 少年はスリングショットを放ちました。 「べっ!」 見事鼻に命中。乱暴な信者は顔を押さえて仰け反りました。 「このやろ……お前今、目ぇ狙ったなぁ!」 「だって其処しか出てないから。」 「さ、さらりと怖いことしやがって……顔面は反則なんだぞ!」 信者は再び刷毛を振りかぶります。少年もスリングショットを引き絞りました。 「確かに、顔面は反則だなぁ。じゃあ……」 びべしっ! 「地味に痛い!」 足の小指にパチンコ玉が命中し、乱暴な信者はごろごろと転げました。 「さ、急ごう。」 少年は洞窟の奥へと進んでいきました。 ![]() 洞窟を抜けると直ぐ、目の前に小屋がありました。 近くには川と滝の水音。間違いありません。 少年はゆっくりとその扉を開きました。中は薄暗く、良く周りが見えません。 机とランプだけの殺風景な部屋。人の気配はありません。 (ここじゃ、ないのかな……?) そう思ったときでした。 「誰……?」 後から声がしました。近寄ってみると、大きな格子が立ちはだかっていて、その中に―― ――女の子が居ました。 歳は多分、少年と同じくらい。ピンクのワンピースに小さな鞄。 金色のふわふわした髪には、赤いリボンがよく似合っています。 大きな青い目はぎゅっと細められ、不安げに此方を見ていました。 少年の姿をみると、女の子は小さく息を呑みました。 「ネス……?あなた、ネスなの?」 少年はぎこちなく頷きました。女の子の顔が、ぱっと輝きます。 「ネス!本当にネスなのね!」 心から嬉しそうな顔で、少年を見つめています。 少年は何となく気恥ずかしくて、頭を掻きながら視線を逸らしました。 女の子もはっとすると、恥ずかしそうに俯きました。そして…… 「……遅い。」 「へ?」 女の子はばっと顔を上げました。その表情に、少年はさっきのお姉さんを思い出しました。 「あなた、私がテレパシー送ってから、一体何日たってると思ってるの……?」 ふつふつと、湧き上がる怒りを抑えるように、女の子は少年をゆらりと見ました。 「えっと……わかんない。」 「わかんない?わかんないくらい寝てたの?寝た気がしない?とも言ってたわよねぇ。 か弱い女の子が助けを求めてるっていうのに。」 少年は嫌な汗をかくのを感じました。 「や、やっぱり、あれ、ポーラ……なの?」 「そうよ!」 格子をばい〜んと叩かれ、少年は気を付けをしました。ポーラはぐぅっと少年を睨み…… 不意にくしゃっと顔をゆがめました。 「もっと、早くきてよぉ……」 「え……?」 ポーラはぺたりと座り込みました。拳を握って、必死に我慢しているようでした。 「あなたが来てくれなかったら、私……泣き出しちゃうところだった……。」 「……。」 水の音以外、何も聞こえない小屋。狭い、牢屋の中。 (怖かった、だろうな。) 少年は格子の間から手を伸ばし、ポーラの頭を撫でてあげました。 小さい頃、泣き虫だった少年に、ママがしてくれたように。 そしてぽつりと呟きました。 「ごめん。」 ポーラは黙って目を閉じて居ましたが、不意に柔らかく微笑みました。 「やっぱり、あなたは思った通りの人だった……」 「へ?」 「何でもない!もぉ〜、触んないで!」 少年の手を払い除け、ポーラは立ち上がりました。 一瞬見せた顔が嘘のような、再びのしかめっ面です。 (女の子って、わかんない……) 少年は溜息を付きました。 「ここの鍵はね、カーペインターが持ってるの。頼むわよ、ネス。」 ポーラはぴっと指を立てて言いました。 「頼むわよと言われても……何をどうすればいいの?」 少年の問に、ポーラはぐっと拳を握りました。 「決まってるでしょ、やっつけるのよ。ぎったんぎったんの、べっこんべっこんの ほげほげの、ぎしゃぎしゃの、ぺろんぺろんにしてやりなさい!」 「………。」 呆気にとられる少年を余所に、ポーラはぽんと手を打ちました。 「カーペインターは雷を使うのよ。このフランクリンバッジをあげるから、」 手を伸ばし、少年にくるりと後ろを向かせると、 リュックに見慣れない缶バッジを付けました。そのまま軽く背中を押し、 「いってらっしゃ〜い♪」 笑顔で外を指さしました。さっさと行けという事のようです。 (女の子って、わかんない……) さっきまで泣きそうだったのに、この笑顔。 少年はその変化の激しさに圧倒されつつ、扉の方へ向かいました。 「ネス。」 呼び止められ、少年は後ろを向きました。 「私ね、夢を見たの。」 どことなく恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ポーラは言いました。 「ネスという人が、私と運命を共にするって。」 ――それはそれは、きれいな笑顔でした。 「来てくれて、ありがとう。信じて、待ってるから。」 「……。」 少年はとりあえずかくかくと頷いておきます。 (本当に女の子って、わかんない……) なんだかぼぉっとする頬をぱしぱしと叩き、少年は小屋を出ました。 「よぉ、ネス。久しぶりだなぁ〜。此処であったが百年目。このポーキー様に…… …って、あの、ちょっとぉ!?無視ってないんじゃないのぉ!?ねぇ!」 必死に呼び止めるポーキーを、少年は白い目で振り返りました。 さっきやっつけた乱暴な信者と同じ恰好をした人が二人、後に付き従っています。 「ど……」 「どちら様?とかお約束な冗談言ったら、俺今この場で泣くからな! 大声でお前の名前叫び続けながら、苦情が出る勢いで泣き叫ぶからな! 何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶからな!」 一気にまくし立てられ、少年はふぅと溜息を付きました。 「なぁに?」 ポーキーは咳払いを一つして、ふふふと笑いました。 「聞いて驚け、俺様は今、ハッピーハッピー教の幹部にまで上り詰めたんだ。 ネス、お前カーペインター様の高尚な計画邪魔しようとしてるそうじゃないか。」 「うん。」 少年は頷きました。ポーキーはにやりと口を釣り上げます。 「あの御方のパワーは半端じゃない。友達として忠告してやる。やめておいた方が良いぜ。」 「友達?」 少年は首を傾げました。その言葉に、ポーキーはかっと目を見開くと、 後を向いてしゃがんでしまいました。信者が慌てて寄り添います。 「ああ!だ、大丈夫っすかポーキー様!?」 「てめぇ!ポーキー様涙ぐんじゃったじゃねぇか!」 少年は頭を掻きながら言いました。 「はいはい、御免御免。友達友達。」 「面倒臭そうに言うなぁぁ!!もう許さないぞネス!行け、信者達!」 信者達は刷毛を手に襲いかかってきました。敵には何やらカラスとかも混ざっています。 少年はスリングショットを引き絞りました。 (デブの子供と聞いて嫌な予感はしてたけど……本当にポーキーとはなぁ。) 少年はあるきながら溜息を付きました。 信者達をやっつけると、ポーキーはもの凄い勢いで逃げ去ってしまいました。 いつもの愛想笑いを浮かべて。一体どうして幹部なんてやっているのでしょう。 (兎に角、鍵を手に入れなくちゃな。) 少年は足を止めました。 「ここかぁ。」 青い屋根に青い壁の怪しげな教会。ここにカーペインターがいるのです。 少年はリュックからすぽんとバットを抜き取りました。 さっきドラッグストアで買ったばかりの「いいバット」。 軽く振ってみると、風を切るいい音がしました。 「よし。」 少年は教会の扉を開け放ちました。 「うっわぁ……」 少年はこれでもかというくらい顔を顰めました。 教会は、青い服を着た信者が、びっしりとひしめき合っていたのです。 「ブルーブルーブルーブルー。」 ひたすらそう呟きながら、みんな一方向を向いて行進しています。 (この人達、一体何が嬉しいんだろう?) 少年はそっと足を踏み入れました。みんな行進に夢中で気付きません。 ぎちぎちに人が居る上、顔まで覆う暑そうな服。 (雨上がりのチビみたいな匂いがする……) 気分が悪くなるのを堪え、少年は人をかき分けて進みました。 しかし、これ以上進めません。少年はちょっと退いてもらおうと声を掛けました。 「あのぉ〜、すみません。」 「そ、そんな目でみるなよぉ!ほら、邪魔だってんなら退いてやるから!」 なんだか怯えられてしまいました。 「ちょっと、其処を通して……」 「ブルーブルー。何となく立つ位置を変えてみようっと。」 なんとなく通して貰えました。 「すみません。ちょっと通して貰えますか?」 「む!ブルーじゃない怪しい奴め!成敗!」 (そりゃ、そう上手くはいかないよなぁ。) 少年はバットを構えました。 「カ、カーペインター様ぁぁ!!!」 信者が部屋に転がり込んできました。カーペインターさんはゆっくりと振り返ります。 「どうかしたのですか?」 「子供が、カーペインター様を出せって乗り込んで来ました!」 「まったく騒々しい。追い返しなさい。」 カーペインターさんは鼻を鳴らしました。 「それがやたら強くて無理なんですよ!なんか、小屋の鍵を渡せとかなんとか……」 「なんですって?」 カーペインターさんの眉が、ぴくりと跳ね上がりました。 「いいでしょう。その子供、此処へ通しなさい。」 「通されなくてもこっちから行くよ。」 すばぁぁぁん!!!部屋の扉が吹き飛びました。 そのとばっちりを食って、報告に来た信者も吹っ飛んでしまいます。 カーペインターさんは、ぎろりと視線を向けました。 無くなった扉の向こう。少年が此方を睨み付けていました。 「ポーラを、返してもらう。」 「元気の良い子供は好きだ。」 カーペインターさんはにっこりと微笑み、手を差し出しました。 少年は睨み付けたまま、じりっと半歩下がります。 「おや、いらないのかい?牢屋の鍵だぞ。」 カーペインターさんの手には、小さな金色の鍵が乗っていました。 「これが欲しいんだろう。さぁ、取りにおいで。」 少年はバットを握ったまま、暫くその手を見ていました。 が、小さく頷くとゆっくりその手へ近づいていきました。 ――カーペインターさんはにやりと笑いました。 びしゃぁぁぁぁんんん!!!!! (っ!!!!!!) 鋭く光った稲妻は、少年の頭を見事に捉えていました。 光が駆けめぐり、鼓膜の破れそうな音が荒れ狂います。 そして、辺りは静かになりました。 そのまま沈黙が流れ―― 「くっ……ははははは!!愚かな子供だ!このバチバチに敵う者など居ようはずもない。 崇高なブルーブルーを汚した神罰だと思……」 ばきぃっ! 何とも痛そうな音。 「な……なんだと……」 カーペインターさんはよろめきながら言いました。 稲妻は確実に当たりました。黒こげになっているはずの少年。 しかし彼はぐっとカーペインターさんを睨み付けながら、バットを振るってきたのです。 カーペインターさんは、たんこぶをさすりながら叫びました。 「何故だ!何故バチバチが効かぬ!?」 「わかんない。」 少年はきりりとした顔のまま、きっぱりと言いました。 「でも……」 そしてリュックに付いた缶バッジを指で弾きました。 「このバッジが弾いてくれた気がした。僕は雷なんて、怖くない。」 少年はバットを片手に持ちなおし、すっと手を向けました。 「婦女誘拐魔!」 「そ、そういう言い方しないで欲しいんだけど……」 カーペインターさんは、つつと冷や汗を流しました。 「成敗。PK・ズバン!」 カーペインターさんのバチバチ攻撃を遥かに上回る光の渦。 少年の手からあふれ出したそれは、一直線にカーペインターさんに向かっていきました。 「む、むぅん……私は一体何を……」 カーペインターさんは、頭を振りながら目を覚ましました。少年はバットを握ります。 「ま、待ってくれ!な、なんだ!?一体どういうことなんだ!? 何やら記憶が混乱して……何故私と君は戦っていたんだ?」 (…?) 手をパタパタ振りながら、慌てて後退るカーペインターさん。 少年はバットを下ろし、それまでの話をしてあげました。 「なんと……私がそのような恐ろしいことを。申し訳なかった。」 カーペインターさんは深々と頭を下げました。 「ど、どうもご丁寧に。」 少年もつられて頭を下げました。 「そうか……そういうことか……ようやく少し思い出してきた。この像を拾ってからだ。」 カーペインターさんは背後にあった黄金の像を振り返りました。 (あ……。) 見覚えのある像。少し違うような気もしますが、 ライヤーホーランドさんの家にあった物とそっくりです。 「この像を拾ってから、私は少しずつおかしくなってしまったんだ。」 カーペインターさんは今まであったことを、ぽつりぽつりと話してくれました。 ある朝家の前に、突然黄金の像が置かれていたこと。 あまりに綺麗だったので家の中に飾ったこと。 それから今まで考えもしなかったようなお金儲けの方法を、次々思いついたこと。 使えそうなものは何でも誰でも掻き集めたこと。 特別な力を持つ物として、ポーラも攫わなければならない、 という気持ちに突然なってしまったこと。 「ポーラにもすまないことをした……」 カーペインターさんは、しゅんと項垂れました。 「誘拐魔さん……」 「だから、その呼び方やめてってば。」 「大丈夫。ポーラも、きっと分かってくれるよ。」 少年が微笑むと、カーペインターさんもほっとしたように笑い、 牢屋の鍵を握らせてくれました。 カーペインターさんが目を覚ますのと同時に、 他の信者達も魔法が解けたように我に返って、教会を去っていきました。 ハッピーハッピー村から目が痛いほどのブルーは消え、 もとの穏やかな村へと戻っていました。 (急がないとな。) 少年はポーラの待つ小屋へと走りました。その時、 「ネス!」 後から少年を呼び止める人が居ました。なんとポーキーです。 ポーキーはおずおずと少年に近づきました。 「今更謝っても、駄目……だよな。俺、本当は、本当はさ……」 ポーキーはそこまで言って言葉を切り、視線を逸らしました。 すっかり落ち込んだ顔。寂しそうに落とした肩。 少年はぽりぽりと頬を掻きました。 「あのねポーキー、僕は……」 「な、なんぁ〜んて、言うと思ったかぁ〜?」 何となく取り繕うように、浮かべたニンマリ笑顔。 「バ〜カ、此処までおいで〜♪あっかんべろべろおしりペンペ〜ン♪」 そしてポーキーは、そのままどぴゅーと逃げ去りました。 (一体何がしたいんだろう?) 少年はぼんやりそれを見送ります。その時ふと、目に付く物がありました。 無人販売所。あの看板です。 「長らくご利用いただきありがとうございました。無人販売所は閉店します。」 (あれ?閉店しちゃったんだ。) 「そうなんだよぉ〜。」 少年の思考を読んだかのように、見張りをしていたお兄さんが近づいてきました。 「なんかデブの子供がみぃ〜んな商品食っちまってさ。」 (……。ホント、ろくな事しないな。) 少年は去っていったお隣さんを思い浮かべ、溜息を付きました。 ガチャリ。鍵を開けました。 牢屋の扉は、ぎぃぃと苦しそうに唸りながら開きます。 クマのぬいぐるみを抱えたポーラは、そっと足を踏み出しました。 「あ、ありがとう……」 嬉しそうな、ほっとしたような、それでいて恥ずかしそうな笑顔で。 「う、うん……」 少年も何を言ってイイか分からず、頭を掻きながら視線を逸らします。 暫く不思議な沈黙があって―― 「さ、さっさと行くわよ!」 ポーラの声で我に返りました。 何かを誤魔化すように、小屋を出て行ってしまいます。 「ま、待ってよ。行くって何処に行くつもり?」 少年は慌てて後を追いました。その途端、 「うっ……」 ポーラの背中にぶつかってしまいました。小屋の外で立ち止まっていたのです。 ぽかんと佇む、ポーラの視線の先。そこには、 「チーズサンドイッチ!」 例の写真屋さんが居ました。 「お〜、イイ写真が撮れた。この写真はきっと最高の思い出になりますよ。」 くるるるる……。おじさんは回転しながら飛び去っていきました。 ポーラは呆然と空を見上げています。 「今の、ネスの友達?」 「うん、まぁ、そんなトコ。」 少年は適当に返事しました。ポーラも不気味なものを感じたのか「そう」と言っただけで、 深くは突っ込んできませんでした。 おじさんが飛んでいった空は、突き抜けるような良い天気です。 長らく閉じこめられていたポーラは、う〜んと伸びをしました。 「はぁ〜、久々の娑婆の空気は旨いわ〜!」 「囚人じゃないんだからさ……。」 「改めて、ありがとう、ネス。」 ポーラは少年に向き直りました。ピンクのスカートがふわりと揺れます。 「テレパシーでなんとなくは知ってるんだけど……まず、出来るだけ教えてほしいの。 今、世界で一体何が起きてるのか。」 少年は表情を硬くし、ブンブーンに聞いたことや、 今までにあったことをポーラに語りました。 「そう……わかったわ。運命を共にするって、そういうことだったのね。 宇宙人の思い通りに何てさせないわ。一緒に頑張りましょう。」 ポーラは拳を握って見せました。 「で、でも、ほら、女の子だし。変な宇宙人とか、いろいろ襲ってくるんだよ?」 少年の言葉に、ポーラはふふんと笑みを浮かべます。 「悪いけど私、貴方より強いかも知れないわよ。 ちょっと危ないPSIも使えるんだから。」 「危ない?」 少年が首を傾げると、ポーラはきょろきょろと辺りを見渡しました。 「そうねぇ……あ、敵ね。」 見ると、にくいカラスがふらふら飛んで来ます。 「行くわよ、PKファイヤー!」 ごぉぉぉぉおおお!! ポーラが横に両手を広げると、日の渦が吹き出しました。 一撃でタンドリーチキンみたいになってしまったカラスは、 よたよたしながら逃げていきました。 「ね♪」 ポーラは輝くような笑顔で振り返りました。 「今のカラス、最初から逃げようとしてた気がするんだけど……」 去っていくカラスに気の毒そうな視線を向けながら、 少年は(絶対逆らわないようにしよう)と心に誓いました。 ![]() つづき→ |