『ドロドロと最悪の戦い』 機械の動く電子音と、何処からともなく冷たい隙間風。 不気味な赴きを漂わせる悪のアジトを、少年達は慎重に進んでいきます。 「なんだか……いかにも何か出そうな雰囲気よね……」 「アレとか?」 「ネス。怒るわよ。」 「ゴメンナサイ。謝るからPKファイアの構えを解いてください。」 「真面目にやれよ!忍び込んでるんだぞ。無駄話をしてて、見つかったらどうするんだ。」 「はいはい、ごめんね〜」 「あのなぁ!!!!」 ジェフががなり立て、ポーラが適当にあしらい、少年がお弁当を広げ出す。 悪のアジトにあるまじき、長閑な雰囲気が流れ出しました。 「兎に角!敵地に乗り込んでるんだから、もう少し神経を使えよ。 油断無く周囲を見渡して、怪しい影が無いか注意するんだ。」 「周囲?」 少年が首を傾げます。 「そうだよ。壁の向こうとか。」 「足下とか?」 「天井裏とか。」 「足下とか?」 「タンクの影とか。」 「足下とか?」 「ネス……なんでそんなに足下に拘るんだよ……」 「だって………」 少年はスキップサンドを頬張ったまま、ジェフの足下を指さしました。 「なんか居る。」 「へ?ん?わぁああああああああああ!!!!!」 ジェフが慌てて飛び退くと、踏まれていた物体――オエップによく似た、 緑色のドロドロした何かが、ゆっくりと身を持ち上げ、言いました。 「三分だよ?」 「え……?」 「三分だよ、お前が俺踏んでた時間、丸三分。そりゃ俺、小柄な方だけどさぁ…… 気付こうよ。俺が軟体動物だったから良かったようなものの、蟻さんとかだったら どうすんの?尊い命が犠牲になるトコだったんだぞ?」 「えと……あの……すいません……」 ジェフは正座して小さく呟きました。 「まぁいいよ。失敗は最初の内は誰だって有るし、次同じことをしなければイイだけの 話なんだから。でも、よぉく覚えておいてくれよ。足下に注意すること!」 「あ……はい、恐縮です……。でも……あの……」 ジェフが言い辛そうに顔を上げると、ドロドロしたのは怪訝そうに此方を振り向きました。 「お宅……僕らの敵じゃ……もっ!?」 「ホント、困っちゃいますよね〜♪アタシがびしびし教育しとくんでぇ〜。」 ジェフの口を塞いだまま首根っこを掴み、ポーラはスタスタ歩き出します。 「え……うん。いや、今彼、何か言いかけなかった?敵とかなんとか……」 「気のせい。」 少年はドロドロの眼を真っ直ぐ見て言いました。 「そ、そう?」 「気のせい。」 「そ、そっか……なら良いんだけど……。俺も一応見張り役で、敵を通すわけには 行かないって緊張してるから、空耳聞こえたのかな? お前達、はえみつを運んできたんだろ?零さないよう、気を付けて行けよ。」 「「は〜い♪」」 「もぉ〜っ!!!」 何か言いたそうにしているジェフを引き摺ったまま、少年達はアジトの奥へ急ぎました。 「正義の味方が、あっさり嘘をついて良いのか……?」 「イイの。いちいち戦うの面倒くさいんだから。」 「いや、でも、倫理的に問題があるだろ?」 「無駄な血を流すのは、趣味じゃない。」 「ほら。リーダーもこういってることだし。」 「どこの映画の台詞なんだか……」 「映画じゃないよ。パパが言ってた。」 「だから、ネスのパパって何者なんだ……?」 相変わらずの言い争いをしながら、三人は尚も奥へ奥へと進んでいきます。 「あ。梯子があるわよ。」 「やっぱりどんどん地下の方へ降りていった一番奥に、げっそーっていう 親玉が居るんだろうね。」 「それはイカだろ。ゲップーだよ。どせいさん達をさらって、ゾンビを生み出して、 ユーレイたちを暴れさせて。科学技術としては凄いものがあるけど、 こんな使い方、僕は認められない。」 ジェフはバンバンガンを握り直しました。 「お下品な怪物は、退治てやらなくっちゃね。」 ポーラもフライパンを掲げて見せます。 「あ……。」 少年は……何故かたたたと走り出しました。 「ちょっとネス!空気読みなさいよ。ここは順々に恰好良いこと言って…… 何それ?」 ポーラ達が追いつくと、少年は何やら紅くてつるんとして丸いものを持っていました。 円らな瞳に、やけに短い足が生えていて、なんだかジタジタ暴れています。 「可愛いのみつけた。」 少年の周囲には、似たような丸っこいのがうようよ歩き回っていました。 その丸っこいのは、一応超能力らしきものもあるのか。 何かをこっちに飛ばしてきたり、攻撃しようとしているのが分かります 「コレ……敵、よね?」 「ああ、だろうな。」 「これだけの数の敵に囲まれてるって言うのに、なんで全然ハラハラしないのかしら?」 「さぁ……」 少年は既に2匹、丸っこい生き物――デヘラーを抱えています。 「ネス。それは飼えないわよ。元の所へ戻しておきなさい。」 「え〜……ちゃんと世話するから〜。」 「ホームドラマみたいなことやってる場合じゃないよ。一応、戦わないと。」 少年達は、各の武器を構えました。 デヘラー軍団は2分と持たずに、あっさり敗走していきました。 「近来稀に見る弱さだったな……」 溜息を付くジェフの横で、少年が口を尖らせます。 「あ〜あ、全部逃げちゃった……可愛かったのに。」 「可愛いかったとか言う割に……」 ジェフは呆れた眼差しで、少年とポーラを見やりました。 「君たち、もの凄い勢いで倒してなかった?」 「ん?」 バットから、フライパンから滴る赤い液。瞳孔の開いた少年と少女。 紅いのはデヘラーの汗なのですが、かなり凄惨な光景に見えます。 「「だって、経験値高いんだもん。」」 「ホント、君等って逞しいよな……」 ジェフは溜息を付き、眼鏡を持ち上げました。 梯子を下りて、更に奥へ。 やがて目の前には、どろどろと流れるベルトコンベアが見えてきました。 その向こうには……………何と言うことでしょう。 残酷にも足に思い鉄の魂を括り付けられ、労働を強いられるどせいさんの姿がありました。 「どせいさん!」 少年は思わずどせいさんに駆け寄りました。 「ネス!ばれちゃうって!」 周りには見張りらしき、緑のドロドロした奴が彷徨いています。 少年は声を落として、どせいさんに話しかけました。 「どせいさん、大丈夫?」 「くたびれた でも だいじょうぶさ」 「………。」 少年は辛そうな顔でしばらくどせいさんを見つめていました。 ポーラもジェフも、黙りこくっています。 「ジェフ……」 「……うん。」 「どせいさん……何の仕事してるのかな?」 「……うん?」 「だって、足?だか手だかを括られちゃったら、何にも出来ないんじゃないかな? ベルトコンベアに鼻を押しつけるくらいしか。」 「う、うん……」 「ぷぅ〜」 どせいさんは、相変わらずの表情で、ベルトコンベアの上を流れていくハエミツを 円らな瞳でただただ見つめていました。 「たぁっ!」 少年のバットが見事命中。緑色のぐっちょりした敵は大人しくなりましたが、 また次々と新たな敵が襲ってきます。 「味方じゃないって事、流石にばれちゃったかな?」 「というより、最初の奴にばれなかった事実の方が驚きだよ。」 アジトを走り抜けながら、ジェフが冷静なコメントを述べたときでした。 「きゃあ!」 ポーラがすてーんと痛そうな音を立てて転びました。 「いったぁい……」 「大丈夫?」 「うん……。何かに滑って……げ。」 床には至る所に、緑のべっちょりしたものがへばり付いています。 「コレって……ゲ」 「いや!言わないで!」 ポーラは少年の口を塞ぎました。 その勢いにバランスを崩した少年は、緑のべちゃべちゃの上をお尻で滑走しました。 「もぉ〜!絶対許さない!行くわよ、ジェフ、ネス!」 「うん、行くのは良いけど、さり気なく僕の背中で手拭かなかった?」 そのまま駆け出すポーラとジェフ。 少年は「むぅ……」と唸ってお尻を叩いてから、二人の後に続きました。 アジトの、一番奥の奥。 緑のべちゃべちゃが、一際多い、鼻を突くような匂いが立ちこめた部屋。 そこに、その姿はありました。 「グエーップ。」 内臓の奥底から、貯まりに貯まった物が持ち上がってきたような、底知れぬゲップ。 「お前がネスか……そうか……ゴゲゴゲゴゲ!」 何かがぐつぐつと煮えるときのような笑い方。 こんもりした緑の山のような身体に、ギョロギョロの目。 妙に分厚い唇は、油ものを食べた後のようにテッカテカでした。 「ネス、ボスの登場だぜ。」 ジェフはバンバンガンを構えました。少年はゲップーの前に進み出ると、 きっと睨み付けました。 「吐瀉物妖怪ゲップー、お前の悪事は全てお見通しだ!」 「としゃ……流石にお前、それは傷つくぞ……。」 ゲップーは咳払いの代わりにゲップを一つしてから、グゲグゲと笑いました。 「ギーグ様をお前が倒すと予言があったらしいぞ。ゲハゲハゲハ!ごぇーっぷ。 わぁらわせるなぁ!こんなくそったれを……ギーグ様が少しでも……ぐぇっぷ 恐れているとしたら……世の中に、鬼も悪魔もないものか……ぐぇぇぇっっぷ。」 「ねぇ、胃悪いの?」 ゲップーは一瞬固まりましたが、めげずにゲハゲハと笑いました。 「俺様が今から、最悪の戦いでお前を始末してやる!グッグッグッグ! 反吐塗れになって苦しめ!ゴゲッゴゲッ、さぁ来い!」 『………。』 「……?さぁ来い!」 『……………。』 「なんでじりじり下がっていく!?掛かって来いよ!ねぇ!お願い、掛かってきて!」 アレを見たときより嫌そうな顔で、それで居て、 駅や電車の隅っこにいる気の毒な大人を見るような表情で、 少年達は顔を見合わせました。 ![]() 少年のバットが唸ります。 「やぁ!」 げぇっっふ。 「………。」 ポーラの手から、炎があふれ出しました。 「PKファイヤー!!!!」 ごごぉおおお!!! ぐげぇっぷ。 「………。」 ジェフが弱点をチェックしようとゲップーをじっと見つめて…… 「………。………ぃやだぁああああああああああ!!!!」 ジェフは頭を抱えて目を背けました。 「臭い!汚い!気色悪い!精神的に堪える!直視できない!」 ゲップーの攻撃は……それはそれは汚い物ばかりでした。 ぐちゃぐちゃしたものとか、強烈な匂いとか。 あまり、それそのものの名前は書きたくないような、そんな物ばかりが少年達を襲います。 「ホントに最っ低の下品野郎ね!」 「ありがとよ、お嬢さん。」 「!!!」 ゲップーは、とんでもなく臭い息を吐きかけます。 間一髪の所で、少年がポーラを庇いました。 しかし少年は、その息をまともに吸い込んでしまいます。 「ネス!」 「………ポーラ……大丈夫?」 「っ……馬鹿!無茶しないでよ!」 「女の子には……辛い戦いだと……思ったか…………っ!」 少年が目を見張り、突然しゃがみ込みました。 「ネ、ネス!?どうしたの!?ねぇ!」 少年は苦しそうに俯いてしまします。ポーラは涙目になってその肩に縋りました。 「っ……ポーラ……」 「ネス!しっかりして!ネス!」 「……りそう……」 「……え?」 「うつりそう……。」 「……?何が……………っ!!!!」 ポーラは何かに気付き、がばっと少年から離れました。ジェフも恐る恐る少年に尋ねます。 「ねぇ……もしかして匂いにやられて、もらいゲ」 「言わないで。名前言われると、本当に貰いそう……」 少年はうぅと唸って、益々縮み込んでしまいました。 「ネス!なんてことしようとしてんのよ!貴方仮にも主人公でしょ!」 「僕だって嫌だけど……あぁ……駄目だ……なんか酸っぱい匂いが……」 「いやぁぁぁぁ!!!!!」 そんな光景を見て、ゲップーは満足げにグゲグゲと笑いました。 「ゲヒヒヒ!これでお前もゲップー様のお仲間さ!グゲッグゲッ!」 (………。) 少年は口を押さえて、ゲップーを睨み付けるのがやっとでした。 (あぁ……駄目だ。本当にこの酸っぱい匂いが……うん?) 少年は自分の後を、そっと振り返りました。 どうもこの酸っぱい匂いは、リュックから漂ってくるような気がします。 朦朧とした意識の中、少年はリュックを引き寄せて中を探りました。 (……あった。) 手に触れた冷たい何かを、引っ張り出して、目の前に掲げます。 瓶に詰められた、黄土色の蜜。 少年は縋るような思いで、その蓋を開きました。 辺りに立ちこめる、好きになりにくい匂い。 「!!!!!!」 ゲップーははえみつの瓶を奪い取りました。 「あぁぁぁたぁまんねぇえええええええ〜。この胃の粘膜全てにへばり付く感じ…… はぇみつぅううう〜〜〜ん♪」 「………。」 ゲップーは我を忘れて、はえみつを貪り食べています。 ぽかんとしているポーラとジェフを、少年はにっこりして振り返りました。 「名付けて、プーさん戦法。」 「ディズ○ーファンにどやされるぞ。兎に角、今がチャンスだ。ポーラ!」 「え?何?」 「弱点が分かった。PKフリーズだ!」 「ふぅん……ありがと♪」 ポーラは両手を握り、胸の前で交差させました。 「ネス、ジェフ。追い打ちは頼んだわよ。」 「「了解。」」 ジェフはボムを掲げ、少年の手には光が集まり始めます。 「行くわよ、PKフリーズ!!!!」 ここここきぃいいいいん!!!! 「グゲっ……」 ゲップーの身体がぐらりと傾きました。それでもゲップーは、はえみつを貪り続けます。 「これでも喰らえ!」 ジェフの投げたボムが炸裂しました。 すかさず少年が走り込み、ゲップーの目の前で手を翳しました。 「少しはお上品にしないと、女の子に嫌われるよ。」 「………っ!!!!まずい!」 ゲップーは我に返って、はえみつの瓶を落としましたが、 もう避ける間はありませんでした。 「PKズバン!!!!」 「グフグフ、グゲーッ。俺との戦いは……事実上……引き分けって事だな。」 ゲップーは、グゲグゲと唸りながら言いました。 「いや、君の完敗だよ。」 「だ、だがギーグ様が周到に仕掛けた、げぇっぷ……マニマニの……」 「完敗だよ。」 「マ、マニマニの悪魔の所為で……大都会フォーサイドは……」 「完敗だって。」 「げろげろ以上の酷いことになるはず……」 「完敗……」 「ちっきしょおい!完敗完敗繰り返すな!あ〜うるせぇよ、分かったよ! 負けです負け!はいはいゴメンナサイねぇ!」 ゲップーは何だか涙目になりながら「覚えてろよ……」と呟きました。 「げぇっふ……。まぁイイ。精々苦しみに行くがいいさ。ゲボゲボ、ゲローップ!」 ゲップーはどろりと溶けるように消え去り、後には何とも言いがたい香だけが残りました。 「なんて最悪な奴なの……。あ〜、早くお風呂はいりたい!」 ポーラは顔を顰めました。 「お?この奥、外へ繋がってるみたいだ。」 ジェフが手招きしています。 ゲップーの背後にあった隠し通路に、少年達は入っていきました。 「……ポーラぁ。」 「何?」 「後から制汗スプレー掛けるの止めてよ。」 少年が口をへの字にして言いました。 「だって二人とも、異臭が凄いんだもの。フローラルの香で誤魔化すのよ。」 「お互い様だろ。匂いが混ざり合って偉いことになってるんだって。」 ジェフはげんなりと呟きながら、正面に顔を戻しました。 「にげてったよ げっぷー」 「ぬわっ!」 突如目の前に現れた大きなお鼻に、ジェフは尻餅をつきました。 どせいさんです。悪の親玉が居なくなったことで、解放されたのでしょう。 「よかった ぽえーん」 「そ、そう……」 ジェフは視線を逸らします。少年はどせいさんの顔を覗き込みました。 「よかったね♪」 「あなたたち おかげ。くたびれたですか そーですか。 げっぷ げろげろのにおいが ぷーん」 「うぅ……どせいさん、それ傷つくわよ。」 ポーラはスプレーを自分に吹きかけながら唸ります。 「どんまいです このさきいって さっぱりさっぱり」 「この先?何かあるの?」 少年達は駆け足で隠し通路を走り抜けました。 直ぐに外の光が見えてきて…… 「わぁ〜……」 ぬけると、其処にはふわふわと湯気を上げる、 なんとも気持ちよさそうな温泉がありました。 ![]() つづき→ |