『トンネルと陽気な奴ら』


「へぇ〜……アンタらぁスリークに行きたいのかい……。はぁ〜あ……」
バスの運転手さんは、台所害虫でも見たような顔をしました。
ポーラがむっとして進み出ます。
「なんなのその態度は!?ちょっとアンタ、降りてきなさいよ!」
「いきなり臨戦態勢に入らないでよ。」
宥める少年を押し退け、ポーラは運転手さんをびしりと指さしました。
「私が客として乗ってあげようって言ってるのよ?顔面筋引きつるくらい口角あげた
 笑顔で、『有り難うございます』でしょう!」
「どこぞの高慢女優じゃないんだからさ。仕方ないって。あんな噂があるんだもん。」
隣町スリークで新しい仲間に会える。ポーラがテレパシーで感じ取った情報により、
少年達はバスでスリークに行くことに決めました。ところが……
スリークに通じるトンネルは、今通れないというのです。
「なんでも幽霊が出るとかで、バスも人も、戻されちゃうんだってさ。」
「それはもう身の毛もよだつって話で。陽気な音楽で武装でもしない限り、
 あのトンネルは通れやしねぇさ。」
街の人たちの間では、専らの噂となっていました。
「スリークまでは2ドルだども……お化けが一杯出るから……いきだぐねぇなぁ……」
お国訛りの運転手さんは、もう一度深く溜息を付きました。
「ぬわぁにがお化けよ!いい歳して恥ずかしくないの!?やっぱアンタ降りてきなさい。
 私が根性たたき直してあげるわ!」
「はいはい、PKファイアの体勢に入らない。これじゃ僕らが悪役だからね。」
息巻くポーラを適当に宥めながら、少年達はバスに乗り込みました。
運転手さんのテンションと裏腹に、バスは軽快に進んでいきます。
そして、トンネルに入りました。ずうっと続く薄暗闇。
オレンジ色の灯りが、所々でジジジと点滅しています。
「お〜、いかにもそれらしい雰囲気だね。」
ぼんやりと呟く少年を、余計なこと言うなとでも言うように、ポーラが軽く小突きました。
見ればぎゅうっと身を縮め、努めて外を見ないようにしています。
「………。根性があれば、お化けなんて怖くないんじゃなかったの?」
「こ、怖いなんて言ってないでしょ!」
ぷいとそっぽを向いた、その窓の向こう。
「………っ!」
「お〜。」
凍り付くポーラ、目を丸くする少年。
窓の向こうにいたのは、白く透けた身体、だらりと垂らした手、
裂けた口に赤い目を持つ、全身全霊何処から見ても………お化けでした。
「ケケケ……戻れ戻れ〜……」
「っ!」
お化けが何やら呟きました。ポーラは慌てて少年の後に隠れます。
しかし少年は興味津々で窓の外を眺めました。
お化けは一匹、二匹と、徐々にその数を増していきます。
そして皆が口々に「戻れ〜戻れ〜……ケケケ……」と笑うのです。
べちゃりっと窓にへばり付いてきた一匹を眺め、ふむふむと頷きました。
「凄いなぁ、これがエクトプラズムなのか。」
「何呑気なこと言ってるのよ!本物なのよ!?幽霊なのよ!?怖がりなさいよ!
 人間誰しも怖がる権利があるわ!」
ポーラは涙目でがくがくと揺さぶります。
「宇宙人をフライパンでぶん殴るのに?」
「それとこれとは話が別よ!いやぁあああ!まだ何か言ってる〜!!!」
しがみつくポーラの頭を、とりあえず撫でて宥めてあげます。その時、
「あああぁぁああもう嫌だぁあああああ!!!!」
誰も宥めてくれない運転手さんにも、限界が来ていたようです。
ききぃいいっ!という甲高い音を立ててバスはUターン。
少年達は思わず座席でバランスを崩しました。
「ははは!どうせ呪い殺すんだろぉっ!?やれるもんならやってみろぃ!ひゃはははは!」
「ちょ、運転手さん!?正気に戻って……」
「いやぁあああ!!!!」
「ひゃはははははははは!!!!殺せよぉおおお!!!!」
ポーラの悲鳴と運転手さんの高笑い、慌てふためく少年を乗せ、
バスはよろよろしながらツーソンへと戻って行きました。

「あ、乗車料金……」
逃げるように走り去るバス。戻ったからといって、2ドルを返してはくれないようです。
バス停のベンチに腰掛け、ポーラはぜいぜいと息をついていました。
「これからどうしようか。バスが行かないなら………徒歩で行く?」
「冗談じゃないわ!」
ポーラは噛みつきそうな勢いで言い、またぜいぜいと息をついきました。
提案を却下され、少年はぼんやりと空を見上げました。
おいしそうな雲が、右から左へ流れていきます。
「………。とりあえず………買い物でもする?」
「する♪」
「………。」
少年は小さく溜息を付いてから、デパートへ向けて歩き出しました。




その途中。
「どうしたの、ポーラ?」
ポーラが、突然足を止めました。少年が振り返ると、じぃっと目の前の建物を見ています。
「カオス劇場が、どうかしたの?」
「うん……私、折角ツーソンに住んでるのに、一回も見たことないなぁって思って……。」
ポーラが見上げていたのはカオス劇場。最新の音楽を生で聴ける、おしゃれな劇場です。
「見たこと無いって……トンズラブラザーズのこと?」
「あら、知ってるのね。オネットに住んでるのに。」
「それ……さり気なく田舎者扱いしてる?」
少年はちょっとむっとしました。
ポーラには聞こえていないようで、劇場を眺めています。
「いつ行ってもチケットは売り切れ。一度で良いから、見てみたいわ……」
その表情がなんとなく寂しげに見え、少年は少し俯きました。
「あのさ、なんなら……会ってみる?」
ちょっと元気づけてあげたい、そう思って、何の気なしに呟いた言葉でしたが――
数瞬の沈黙の後、ポーラは劇画のような顔になりました。少年は思わず身を縮めます。
「な、なんですって……?」
「前に一人で歩いてたときに偶然会ったんだ。劇場の裏手にいるんだよ。
 気さくな人たちだったから、きっと今日も会ってくれ……」
少年の言葉を遮り、ポーラは骨も軋まんばかりに飛び付いてきました。
「ネス〜〜〜〜っ!今なら結婚してもイイわ〜〜〜〜〜っ!」
余程嬉しかったのか、いきなりとんでもないことを言われ、
少年は顔面温度がもの凄い勢いで上がっていくのを感じました。
「わ、わかったから……は、離してってば……」
そう呟くのがやっとでした。
(ホント女の子ってのは……)
うきうきとステップを踏むポーラを眺め、少年は深く溜息を付きました。

「お〜、今日は女の子連れやな。もてもてやんけ〜!」
トンズラブラザーズのメンバー・ラッキーは、少年の姿を見るなり囃し立てました。
このこのぉなどと良いながら、肘で脇腹を突いてきます。
「え……あの、初めまして!」
ポーラは今まで聞いたこともないような可愛らしい声でお辞儀しました。
少年はなんとなく白い目で見ています。
「お〜、ほんまに可愛らしいのぅ。隅に置けんなぁ少年。」
「………まぁよく見た目と中身は反比例っていうううぅぁあっ!!!」
足の小指に激痛が走り、少年は跳び上がりました。
フライパンを掲げたポーラが、にこにこと笑っています。
ラッキーはその様子に気付いていないのか、少年の肩をぱしぱし叩きました。
「仲良さそうでイイのぅ。隣の兄弟にも紹介したってーな。」
見るとトンズラの車の側に、同じくメンバーのナイスがしゃがみ込んで
楽器などの準備をしています。少年は挨拶しながら近くに行きました。
「おう少年、元気だったか?……おぉ!大評判のポーラちゃんとカップルで来たのかい!」
「大評判だなんてぇ〜♪」
「カップルじゃないです。」
二人は見事に唱和しました。ナイスはからからと笑います。
「プレイボーイの君に、俺達からのプレゼントだ。」
そう言って、何かを手渡してくれました。
「あ、ありがとう……。これ、何?」
金のスタンプの押された、キラキラ光る紙でした。
「これはトンズラブラザーズのプラチナチケットだ。バックステージにも入れるぞぉ〜?」
ナイスの眉毛が、にやにやっと上がりました。確かにこれは値打ちものです。
少年はほぉ〜っと溜息をついて、チケットを眺めました。
「失神しそうだわ……」
ポーラは恍惚として呟きました。
「これさえあれば、ここで永久に俺達のライブが楽しめるってな。かっかっか!」
ラッキーは豪快に笑って、少年の肩をぱしぱし叩きました。
「永久にって……折角有名人なんだから、ライブツアーとかしないの?」
少年の言葉に、ナイスとラッキーは顔を見合わせました。
そして、ぶっと吹き出し、げらげら笑い転げました。
「俺等、借金まみれじゃからの〜ぅ!」
「ここのオーナーに騙されてなぁ!わははは!」
「いや、わははって……」
二人の話に寄れば、トンズラブラザーズはカオス劇場のオーナーに騙されて借金を抱え、
額が雪だるま式に跳ね上がり、永久にただ働きという憂き目にあっているのだそうです。
「日給400って言うから話に乗ったら、なんと『円』だったんだぜ!」
「あえてお国柄無視の単位つけんなや〜!わはははは!」
「わははじゃないって……」
笑い転げる二人。少年はしらっとした目で眺めました。
「働くほど借金が増えるって、どんだけだよ〜!笑うしかないよなぁ兄弟!」
「金額きくか?笑えへんで〜?」
「いえ、結構です……。」
少年にはただ、気の毒な大人を見つめることしかできませんでした。

劇場内は渋めのジャズが流れ、落ち着いた雰囲気でした。
レアチケットを手に入れた客達が、トンズラブラザーズの登場を今や遅しと待っています。
「私の彼はチケットなくしちゃって、外で待っててくれてるの。」
 すっとこどっこいだけど優しいのよ。」
「こんな餓鬼がいっちょまえに俺に話しかけるのか?大した度胸だぜ。」
「俺に近寄るんじゃねぇ…………今屁をした所なんだ。悪かったな。」
「前の方で見てると、トンズラの唾が飛んでくるような気がしてたまらないのよ!」
「なかなか入れない店だって言うから来たのに、ホステスも居ないしお立ち台もない。
 来るんじゃなかった…」
ドジな人、ガラの悪い人、香る人、マニアな人、バブルな人。みんなそれぞれです。
トンズラブラザーズのファンは、幅広い年齢層に渡っているのでしょう。
「あちこち話しかけてるから五月蠅くて仕方ないわ。目障りな餓鬼共ね。」
と、不機嫌なお姉さんに、ポーラがボムを投げようとしているのを宥めながら、
少年は奥の方の空いてるところへ向かいました。すると、
「はぁ〜あ…」
これ見よがしな溜息を付いている女の子が居ます。少年は黙ってステージを眺めました。
「はぁぁぁああ〜あああ……」
「………。」
「はぁあああああ〜〜〜〜あぁぁあ〜〜〜〜」
「………何かあったの?」
話しかけてきなさいという圧力に耐えかね、少年は声を掛けました。
金髪を赤いリボンでむすんだ女の子は、ふぅと溜息を溜息を付きました。
「実はね、トンズラのラッキーさんに楽屋に遊びにおいでって言われたんだけどー
 バックステージパスを持ってないから止められちゃうのよね。」
「あ、僕持ってるよ。」
少年はバックステージパスを掲げました。
「えーっ!うっそー!なんでアナタがパス持ってるの?
 ねぇねぇ、私のこと妹ってことにして、楽屋に連れて行ってよ!お願い!」
女の子は、ぱんっと手を合わせてお願いしました。なかなか可愛らしい仕草です。
「別にいいよ。」
「やったー!サイコーじゃん!いこいこ♪……ドキドキするぅ。」
女の子はスキップのような足取りで、楽屋の方へと向かいました。
少年も付いていこうとしましたが、なんだかポーラの視線が痛い気がします。
「ポーラ…?何か怒ってるの?」
「別にぃ〜…」
ポーラは口を尖らせました。
「女の子に優しいのは結構だけど、誰でもほいほい連れて行っちゃ、迷惑じゃないのぉ?」
「???」
「着いた着いた〜♪」
訝る少年に気付きもせず、女の子は意気揚々と楽屋の扉を開けました。

「アタシ感激して頭が真っ白だしー!!」
女の子は大興奮で、ラッキーの方へと走っていきました。
「お〜、少年。よう来たな〜!」
ラッキーが向こうから、ひらひらと手を振りました。
「わしらのステージが見られるたぁラッキーな奴じゃの。」
「うん、スリークに行けないから、暇だし。」
「少年、こういう時は嘘でも良いから、光栄だって言っとくもんじゃろ……」
ラッキーは軽くへこみました。
「冗談。凄く楽しみ。」
少年はにんまり笑いました。
ラッキーもにんまり笑い、「こいつめ〜」と頭をごりごり撫でました。
「ひねくれもんじゃのう。……ま、俺の広島訛りは気にせず、楽しんでってくれや。」
それは無理というものですが。少年はぐるりと楽屋を眺めました。
初めて見る芸能人の楽屋。珍しいものが一杯です。
トンズラのメンバーは6人。当然ながら、全員が集合しています。
その楽屋にいる。これはなんとも貴重な体験です。
「トンズラの歌は殆ど僕の作詞なんだ〜」
「素敵ですね〜」
振り返ると、ポーラがグルービーに話しかけていました。
「♪かね、それはほしいもの。かね、とてもほしいもの。かね、おれのほしいもの〜
 ♪かね、みんなほしいもの。だけど自由はもっとほしい〜。それにつけても……」
切実な歌です。
少年は他のメンバーにもいろいろ話を聞いてみました。
「金が欲しい。いつもいつでも金が欲しい。」
オーケーは言いました。
「シャバドゥワダディダ、シャバドゥビダー♪借金ブルースイエイ!
 一万ドル有れば借金も返せて、次の街へ行ける。」
ゴージャスは言いました。
(殆ど病んでるな。)
少年はしみじみと頷きました。
(きっとこの感じが、せちがらい世の中にマッチしたんだな。)
それはそうと、今の会話に何だか引っ掛かるものがありました。
(なんだろう?借金を返せば……次の街に……?陽気な……音楽……。一万ドル……)
「あぁっ!」
突然大声を上げた少年に、ポーラがびくりと肩を振るわせました。
「な、なによ突然……」
少年はポーラの手をがしっと取り、目をキラキラさせて言いました。
「やっぱり、大事なのは金なんだよ!」
「………は?」
少し熱いものになっていたポーラの視線が、一気に冷めました。

「イエーイ、カオス劇場のソウルメーーーーーン!セクシーでエキサイティング!
 ダイナマイトなステージ!カモーン!グレイティストブルースメン……
 トンズラブラザーズバンド、ヒァ、ウィー、カンンンムッ!ガチャッガチャッ!」
〜〜〜♪〜〜〜〜♪♪〜〜〜〜♪

「うちの主人も、トンズラみたいにセクシーならねぇ。」
「あ〜興奮した〜」
「こんな田舎町の劇場を満員にしたくらいで満足するようじゃ、駄目だと思うんだ。」
口々に感想を言うお客さんの群れをかき分け、少年は真っ直ぐに出口に向かいました。
「ちょ、ちょっとネス!どこへ行くのよ!?」
腕を引かれるポーラが、アタフタしながら声を掛けます。
「挨拶とかしましょうよ。あのトンズラブラザーズなのよ!?」
「トンズラブラザーズだから、だよ!」
少年は振り返ってにかっと笑いました。
「逆境でもあんなに陽気に響く音楽。他には無い。」
目指すはホテルの電話です。
「電話?デパートですればいいじゃないの。」
「だって、ホテルの電話ならただじゃないか。」
「……。」
やっぱりお金って大事よね、とポーラは思いました。

「うん、うん。あのトランクね。ちゃんと預かってるわよ。」
トレーシーに電話をすると、一万ドルのさつたばが入ったトランクは、
ちゃんと保管されているとのことでした。
「ママが、すごぉく物欲しそうに眺めてるけどね。」
「………。」
「心配しないで。係の者が、すぐにお届けしま〜す♪」
トレーシーは陽気に言いました。
「トレーシー……今、家?」
「うん、そうだよ。」
「ママに電話かわってくれる……?」
トレーシーが呼ぶと、ママは直ぐに電話に出ました。
「ハローネスちゃん♪ねぇ知ってると思うけど、うちには借金が……」
「駄目だよ。」
「………ケチ。」
ママはだだっ子のように言いました。
「でも……こんな大金を手に入れるなんて、頑張ってるみたいね♪」
「そこを判断基準にされると困るんだけど……大丈夫だよ。もう一人じゃないし。」
少年はちらとポーラを振り返りました。ポーラはきょとんとしています。
その表情に、少年は小さく笑いました。
「あらあら。ネスも随分恰好イイこと言うようになったわね。
 ついこの前まで、布団に壮大な地図を描いていたネスちゃんが……」
「あぁあっ!もう切るよ!」
真っ赤になった少年に、ママは「あ、待って待って!」と笑いながら言いました。
「頑張るのも大事だけど、頑張りすぎないのも大事よ?
 ママはいつでも、ネスの大好物を作って待ってるからね。」
「………うん。」
ハンバーグの味が、ちょっと恋しくなりました。

「トンズラブラザーズの奴等にゃ、大変な金を貸してるんだ。」
カオス劇場の支配人ドッグフード氏は、豊かなお腹を振るわせながら言いました。
「帰してもらえるまでは、百年でも二百年でもここで働いてもらうさ。
 それともアンタが代わりに返してくれるのかい?わははは!」
どん。
少年はトランクを机の上に置きました。
「……。これは?」
がちゃり。少年はトランクを開きました。整然と並ぶのは、勿論お金の束です。
「大変な額のお金。用意したから………ポーラ?なんで札束振りかぶってるの?」
札束の一つを掴んだポーラが、うっとりした表情でそれを掲げています。
「一度やってみたかったのよ、札束で横っ面引っぱたくってやつを〜!」
「やめなさい。」
少年はトランクに札束を戻しました。ポーラは不満そうに口を尖らせます。
支配人はタラッと汗を流しました。
「びっくりして汗出ちゃったよ。確かに受け取った。
 トンズラブラザーズはもう自由の身だ。金さえ貰えれば文句はない。」
支配人が縋り付くようにトランクを受け取ったときでした。
「ひゃやぁああほぅぅううう!!!!」
甲高いかけ声と陽気な音楽。トンズラブラザーズが部屋に雪崩れ込んできました。
「なんてこったい!こんなチビスケのお陰で、地獄から天国だ!」
プピードンドンジャカジャ〜ン!それぞれの楽器をかき鳴らしながら、
みんな大歓声をあげています。
「みんな……聞き耳たててたの?」
少年の質問など聞こえていないようです。
「ブラボー!この街を出られる!少年、ありがとうよぉおおお!!!」
「お前さん達、スリークに行きたいんじゃろ?
 わし、車の運転得意じゃけん、任せてくれんかのう。」
「次の街へレッツゴー!さぁおんぼろ車で行こう!」
「おれ、ステージであんまり目立たなかったろ?」
口々に好き勝手なことを述べながら、ひゃっほう!っと外へ飛び出していきました。
「どこまでもポジティブな人たちだなぁ……」
「行きましょネス!」
ポーラは嬉しそうに、少年の手を引きました。

「わしらのトラベリングバスには、お化けとやらも五月蠅うて出る幕がないわ!
 ほな、いくでー!バスに乗りなはれー!」
ブンチャカブンチャカブンチャカ〜♪
トンズラブラザーズの楽器が、陽気な音楽を奏でます。
それに合わせるように、車も走り出しました。そして……
「ええい!邪魔な歩道じゃのう!」
いきなり歩道に乗り上げました。随分荒っぽい運転です。
「だ、大丈夫かな……?」
「大丈夫よ!ほら、ネスも歌って騒いで〜♪」
ポーラはいつの間にかバチを借りて、トンズラブラザーズと一緒にドラムを叩いています。
少年は、とりあえず手近にあったカスタネットを鳴らしておきました。
「ノリノリでいくぜぃ!」
〜〜〜♪〜〜〜〜〜♪♪♪
陽気な音楽を大音量で奏でながら、バスはトンネルに入りました。
「戻れ〜……戻っ……もど……あの……聞いて下さ……」
お化け達が何か必死に言っていますが、何も聞こえません。
やがて諦めたのか、一匹二匹と遠ざかっていきます。
少年にはその背中が、ちょっと切なく見えました。
「ヘイッ!イエァッ!ベイベッ、ヒァウィ〜カモン!」
トンズラブラザーズは、どこまでも陽気でした。

そして一行は、スリークに辿り着きました。そこは――
――トンネルの数十倍、陰気なムードが漂っていました。
空はどんより曇り、空気はじっとり湿り、風はひゅうひゅうと音を立て、
すぐそこの茂みから人外の生命体が現れても、なんの疑問もない雰囲気です。
「ネスぅ……」
ポーラが泣きそうな声で、袖を掴んでいます。
「とりあえずここでお別れだ。この街は暗いムードだけど、明るい気持ちで頑張れよ!」
(無茶言うな〜!)
少年の心の声が伝わるはずもなく、トンズラブラザーズを乗せたバスは
陽気に遠ざかっていきました。





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