『game4』 「へ?あ、ま、まぁね」 坂巻はどこか気まずそうに答えた。 「ナオちゃんも3桁目手に入れられるよね。僕の番号は、本当は302だって解ったから」 「はい!ありがとうございます!……あ、マイさん。 もう牧園さんのプレートは返してあげてくださいね」 「………ほらよ」 坂巻は憮然とした表情で、牧園にプレートを放った。 牧園はそれを受け止め、彼女に向かって微笑んでみせる。 「じゃあ、入力しますね」 彼女は一つ一つ確認しながら、携帯を操作していった。 「最後の数字は………8」 画面を見ながら呟く。 これで、犯人の持つ容疑者番号が「0」「6」「8」であることが判明した。 「よぅし!あとは上手いこと騙くらかして、 他の奴等のプレートを確認していけばいいんだよね!」 坂巻は既に勝ったつもりで居るのか、鼻歌を歌いながら言った。 「で、でも……犯人は絶対プレートを見せてくれないですよね? 犯人自身は、番号を確認する必要は無いわけだし……」 牧園が自信なさげに呟く。 「だったら、地道に消去法を取れば良いんだよ。 此処にいる面子が犯人じゃないことは、既に解ってる。 残ってるのは、フクナガ、ヨコヤ、武田、菊池、土田、麻生の6人。 3人で手分けすれば、一人2人から番号を聞き出すだけで何とかなる。 ……犯人は絶対に番号を見せない奴で決まりって訳」 「そっか……2人なら何とかなるかも………。………あれ?」 牧園がメガネを押し上げながら、首を傾げた。 「今脱落したのって、西田さん、大野さん、江藤さんの3人。 此処にいるのが3人で、今上がったのは6人……全部で12人ですよ? 参加者は13人だから、あと一人は……?」 「そうか、忘れてた!」 坂巻が振り返り、此方を睨み付けた。 「秋山……こんなに犯人っぽい奴を忘れてたなんて……!」 「………」 なんと失礼な言い草だろう。坂巻は子どもを警戒する猫のように、じりじりと後退った。 「あ、秋山さんが犯人だったら……僕ら完全にゲームオーバーじゃないですか! 今、絶対番号ばれちゃいましたもん!」 牧園が坂巻の服をわさわさと引っ張った。 「ええい、しゃらくせぇい!」 坂巻はそれを蹴飛ばすように振り払い、見事に転がった牧園を見下ろした。 「今ばれたのはアンタだけ。アタシはまだ一切番号を見せてませ〜ん♪」 「そんなぁ!ずるいですよマイさ〜ん!」 「はんっ!やっぱりプレートを掻っ払っておいて正解だったわね。 さぁ、殺せるもんなら殺してごらん秋山ぁ!」 坂巻は両手を広げて高笑いをした。賑やかな女だ。 「秋山さんは、犯人じゃないですよ」 彼女が、ぽつりと言った。坂巻の表情に、微かな動揺が宿る。 「い、いや……ナオちゃんがそう思いたいのは解るけどさ、此奴だって一応容疑者……」 「だって、秋山さんが犯人だったら、真っ先に私が死んでますもん」 彼女はやはり、さらりと答えた。 「私、最初に秋山さんの前で、はっきり番号言っちゃってますし。 その後、仲間を捜すために一度離れてますから、いくらでも機会は在った筈なんです。 でも、私はゲームオーバーになってない。 だから、秋山さんはただ、本当にやる気がないだけです」 「………。」 その言い回しは何とかならないのだろうか。 しかし、最初に彼女が呟いていた番号。 それも、自分を試すための策だったと言うことだろうか? 顔を引き攣らせている坂巻に、彼女はにこにこと答えている。 「それだけじゃあ、証拠にはならないのよナオちゃん」 「どうしてですか?」 「いや…………だって、秋山だし」 坂巻の言葉に、今度は彼女はきょとんと目を瞬かせた。全く意味を解していないらしい。 坂巻が何か言えとでも言いたげな視線を向けてきた。生憎だが、関わるつもりはない。 坂巻は諦めたらしく、頭を掻きながら彼女に向き直った。 「だから……秋山とナオちゃんが手を組んでる可能性もあるってこと」 その言葉に、彼女は大きく目を見開いた。 「違います!今回は自力で勝つことを目標にしてます。だから、手を組んでません!」 「自力……ねぇ」 「あ、その……ちょっと……アドバイスはもらいましたけど……」 彼女は俯いて口籠もる。坂巻はまだ疑っているらしい。 二人に近付き、坂巻にプレートを放った。 「3桁、手に入れたんだろう?自分の目で確認しろ、俺が犯人かどうか」 坂巻は手にしたプレートを眺め、ふんと鼻を鳴らした。 「確かに、アンタじゃないみたいね」 そして、プレートを放って返す。それを受け取り、再び壁に背を預けた。 「何度も言ってるが、俺は犯人を暴く気は毛頭無い。 ただ、ゲームの行方には多少興味がある。それだけだ」 「………あっそ。じゃ、ナオちゃん。作戦立てようか」 「はい!頑張りましょう、マイさん!」 その時。 「な、なんだこれぇえええええ!?」 妙な叫びが、廊下に響き渡った。 声のした方に駆けつける。そこには、壁の方を向いて唖然としている土田の姿があった。 「土田さん!どうしたんですか?」 「あ……な、ナオちゃん!見てくれよこれ!」 土田が示した壁には、赤黒い文字が浮かび上がっていた。 「な……なにこれ……」 坂巻が絶句する。壁には「302・マキゾノ」「254・サカマキ」と書かれていた。 「これって……マイさんと牧園さんの……」 彼女もまた、茫然と壁を見つめている。 「や、やった……!これで犯人の番号を手に入れられるぞ〜!」 土田は歓喜の声を上げて走り去った。 「ど、どういうことよ!何でアタシ達の番号がこんな所にでかでかと出てるのよ!」 坂巻に詰め寄られ、牧園は泣きそうな顔をする。 「やめてくださいマイさん!」 彼女の声に、坂巻は渋々牧園の襟首から手を離した。牧園は床に倒れ込む。 「こんなにでっかく書かれて、犯人に見られる前になんとか消さないと……。 メガネ、手伝いな」 「………っ」 「何よメガネ。何か文句あんの?」 「………知ってます」 「はぁ?」 「……これを書いた人、僕には解ります。だって、僕がその人に番号を教えたから!」 坂巻と彼女が、目を見開いた。 「いいいいいつよ!一体いつ!?誰に!?」 「僕だって!マイさんに盗られたプレートを取り返したくて必死だったんですよ! だから、隙を見て何とか取り返そうと……」 牧園は悲痛な顔で坂巻を見上げた。 「その度に、手品の煙玉でまかれたり、目の前でプレートを消されたり…… もう手品師って言うより忍者みたいで……。 でも、僕のプレートを持ってるマイさんは、 僕が確実に逆らえない立場にあると思いこんでた。 だから、僕に自分の番号を教えたんだ!」 坂巻の顔が、悪徳の証拠を突きつけられた代官のように歪む。 「僕が優勝しそうになったら、僕のプレートを破棄してしまえば良いんだから、 出し抜かれる心配もないって……。 でも、その様子を見て、僕の状況を理解した容疑者がいた。 その容疑者は、僕に仲間になれって持ちかけてきたんだ」 「仲間……」 彼女が呟く。 「自分が、マイさんからプレートを取り返してやるって。 マイさんが脱落すれば、強制的にプレートは返却されるだろう。 だから、マイさんの番号と、盗られたプレートの番号を教えろって……」 「アンタ、そんな胡散臭い話を信じたわけ!?」 坂巻が掴み掛からん勢いで怒鳴った。 「僕だっておかしいと思いましたよ! でも……このままじゃ確実に脱落だったし、それに何より、 その人が犯人じゃないことは、先に自分のプレートを見せて教えてくれたんだ。 僕を信頼してるからって。僕はプレートを持ってないから、何の証明も出来ないのに」 「………」 馬鹿馬鹿しくて物も言えないとはこのことだ。牧園は坂巻の番号を知っている。 それでも坂巻を脱落させることが出来ないのだから、誰が見ても牧園は犯人ではない。 それを、信頼などという言葉で表すとは、笑い話にもならない詐欺である。 まぁそんな判断も出来ないほど、牧園も追い詰められていたという事なのだろう。 「だから僕は……マイさんと自分の番号を……」 「じ、じゃあ、これを書いたのも!?………一体誰なのよ!其奴は!」 坂巻がまた怒鳴り散らす。 「それは……」 また、言葉が遮られた。 あの、死を告げる鐘の音に。 「これって……まさか……」 「お伝えします。また、被害者が出ました。今度は、お二人」 響き渡った葛城の声は、何処か楽しそうにさえ思えた。 「その方のお名前は……」 「坂巻さんと牧園さんです」 「あ……あああああああああぁあぁぁぁああぁああああ!!!!!」 「そん……な……」 坂巻が叫び、牧園はがくりと膝をついた。 「誰なのよ………誰にばらしたのよ!教えなさいよぉおおおおおおおおおおおお!!!!」 坂巻は牧園の襟首を掴んで、もげそうな勢いで振り回した。 彼女があたふたしながら、それを止めに入る。 「そ、それはぁ……っ!」 牧園が苦しそうに声を上げる。 「アタシよ」 それを遮るように、一つの影が進み出た。 「ユキナさん!」 彼女が驚きの声を上げる。そこには、武田ユキナが立っていた。 「ゆ、ユキナさ〜ん!話が違うじゃないですか!」 牧園が叫んだが、武田は顔色一つ変えずに呟いた。 「どうして?アタシが約束したのは、坂巻を脱落に追い込むってことだけよ?」 「んなぁああっんだとぉう!?」 坂巻が武田に詰め寄る。 「涼しい顔してこの女ぁ!メガネ騙して、犯人に番号ばらして! 自分が生き残りたいからってそこまでするか普通!?」 窃盗まで働いた人間の言えた台詞ではないと思う。武田はくすりと笑んだ。 「自分が手に入れた番号を、どこにメモしておこうが勝手でしょう?」 「ぐぬぬぬぬ……」 坂巻が唸る。彼女は不安げな面持ちで会話を聞いていた。 「それにアタシは、犯人は元より、みんなが3桁の番号を手に入れられるよう、 自分が入手した番号を開示したのよ?」 武田は微笑みながら言った。 「みんなが3桁の番号を手に入れてしまえば、 犯人は『犯人の番号を手に入れるために協力しよう』と言って、 相手の番号を確認するという方法が使えない。 でも、犯人じゃない人間は、みんな犯人の番号を知っている。だから……」 武田は自分のプレートを掲げて見せた。ただし、番号を隠したままで。 「そんな状況になっても、自分の番号を見せられない人間が犯人って訳」 「め、滅茶苦茶ですよ……」 牧園が茫然と呟いた。 「そんなことしたら、結局犯人が僕らを脱落させて終わりじゃないですかぁ」 「そうでもないわ。今生き延びているのは8人。 犯人は7人以上の人間を「殺害」しなければならないから、 最低でもあと2人分の番号は必要な筈」 「いいえ、3人です。江藤さんは、犯人に脱落させられた訳じゃないので」 彼女が呟くと、武田は満面の笑みを浮かべた。 「尚更都合が良いわ。アタシが番号を書いたのは、ここだけじゃない。 生き延びている容疑者の、ほぼ全てが3桁を手に入れた可能性が高い」 「でも、壁に書かれた番号なんか、みんな信用するでしょうか?」 牧園の言葉に、武田は首を振った。 「本当に手に入れたかどうかは問題じゃない。 必要なのは、全員が3桁を知っている可能性が高いという状況を作り出すこと。 これだけで犯人は相当追い詰められる。殺害される可能性は、ぐっと低くなるわ」 「そっか!本当は手に入れられなかったとしても、 自分は犯人の番号を既に持ってるって言っちゃえば、 犯人はその人から番号を聞き出せませんもんね!」 彼女が目を輝かせていった。 「そう。犯人としては、全員が確実に3桁を手に入れたという状況は避けたい。 だからすぐに、牧園と坂巻を落とすしかなかったのよ」 「結局僕らは生け贄じゃないですか……」 牧園ががくりと項垂れた。 「アンタは坂巻にプレート盗られた段階で死んでんのよ。 役に立っただけ、有り難いと思いなさい」 武田がきっぱり切って捨てる。そして、廊下の向こうを見やった。 「それにしても、葛城が迎えに来ないわね……」 廊下の向こうから、死神がやってくる気配はない。 「ひょっとして……実は生き延びてたとか?」 坂巻が、僅かに表情を輝かせていった。それはないと思うが。 不意に、聞こえてきた。 また、あの鐘の音だ。次いで、葛城の声がする。 「坂巻さん、牧園さん。お迎えにあがれなくて申し訳ありません。 実は、たった今、新たな死者が出たものですから」 「なっ……!」 その場にいた一同が絶句する。また、一人、脱落者が出たらしい。 「その方のお名前は……」 「麻生さんです」 葛城の声は、淡々と、その名を読み上げた。 「そんな……ヒロミさんが……」 彼女が、茫然と呟く。 「ヒロミさんは近くにいらっしゃたので、既に別室へ御案内しました。 では、坂巻さん、牧園さん、これからお迎えにあがります。」 放送は、ぷつりと切れた。奇妙な沈黙が、辺りを支配する。 「これで、あと2人ね」 武田が、静かに言った。 「今、残ってるのは、アタシとナオちゃん、秋山、キノコとヨコヤ、菊池と土田ね」 「一体……誰が犯人なんでしょうか……」 彼女の言葉に、武田は肩を竦める。 「やっぱり怪しいのはキノコとヨコヤでしょ?二人とも全然見かけてないし。 あ……そう言えば、菊池も見てないわね」 「フクナガさんとヨコヤさんは作戦立てるの上手ですし、 菊池さんはもの凄く目が良いんです。プレートの文字も直ぐ見えちゃうかも……」 二人とも、土田という線は全く考えていないらしい。 まあそれに関しては、自分も同意するが。 「よし、じゃあまずは手っ取り早くキノコから白状させて……」 「なぁんか、物騒な相談してるじゃないのぉ〜ん?」 背後に声がした。階段の手すりに、フクナガがにやにやしながら腰掛けている。 「フクナガさん!」 「どうも〜♪呼ばれて飛び出たフクナガでっす☆」 フクナガは片目を閉じて見せた。背筋に薄ら寒い物を感じた。 「何しに来たのよキノコ。ナオちゃんを騙そうってんなら、今此処で滅菌してやるわ」 武田が敵意むき出しにフクナガを睨み付ける。 「あれれぇ?たった今、俺をはめる相談をしてたのはそっちじゃないのぉ?」 「そんな、はめるだなんて……」 彼女が困ったような表情をすると、フクナガは「ま、いっか」と呟いて、手すりから降りた。そして、彼女と武田に、妙な足取りで近付いていく。 「俺が此処に来たのは〜………ナオちゃんに犯人を教えるためだよ」 「えぇーっ!?」 彼女が目を見開いた。 「フクナガさん、犯人解ったんですかぁ!?」 「うん、まぁね〜♪」 フクナガが得意げに胸を張ると、武田が鼻を鳴らした。 「どうせハッタリよ。信じちゃ駄目よ、ナオちゃん」 「信じないんならそれでも良いよ〜。どうせ、犯人の勝ちで、もうすぐこのゲームは終わるんだから」 その言葉に、武田は眉を顰める。 「どういう意味?まさかアンタ、犯人と手を組んでるんじゃないでしょうね?」 フクナガは「う〜ん」などと、態とらしく悩んでみせる。 「正確に言うと、無理矢理協力させられてるの。犯人に」 「えぇーっ!?」 彼女がまた、飛び出しそうな程目を見開いた。 「俺だけじゃないよ。菊池もおっさんも、犯人の手の内だ」 「そんな……ってことは……!」 「そう、犯人はヨコヤ。 ナオちゃん達3人以外は、みんなアイツに良い様に使われてるんだよ」 驚愕する彼女を押しのけ、武田がフクナガに詰め寄った。 「その話、信用できる証拠はあるの?」 「物的証拠は示せない。 でも、さっきあのヤンキー女が脱落したのが、何よりの証拠だろ? アイツも、ヨコヤに操られてた一人なんだ」 「……麻生ヒロミのこと?」 フクナガは大きく頷く。 「ゲームが始まった後、俺は何人かの人間を注意深く観察した。 豹柄の番号は殆どみんなに見えてたから、 すぐにみんなメール送信して番号を手に入れるはず。 そうしないと、豹柄が犯人に殺されちゃったら、無効になっちゃうからね」 フクナガは携帯を掲げて見せた。 「でも、豹柄はなかなか殺されなかった。これが幸いしたよ。 メール送信してた人間は、犯人じゃないってことが解るんだから。 だから俺は、観察してた人間の中で分かり易く豹柄の番号を入力してた、 おっさんを味方に付けた。自分の番号明かして、0がないから犯人じゃないって証明。 二人で2桁目の番号を手に入れたんだよ」 そう言って、再び手すりに腰掛ける。 「さて、次は3桁目の数字が欲しい。そこで声を掛けてきたのが、ヨコヤだったんだ」 フクナガは、手の内でプレートを弄びながら続ける。 「アイツは、俺が犯人でないことを確認しようともせず、 いきなり自分の番号を見せてきた。ヨコヤの番号には6がない。 だから、犯人じゃないって。代わりに、俺の番号も見せて欲しいってさ」 彼女はこくこくと頷きながら話を聞いている。 武田はフクナガの言葉に、疑いの要素がないか捜しているらしかった。 「プレートを見せられたことで、俺も油断しちゃったんだよ。 お互いの番号を見せ合って、さぁ送信だって時に、ヨコヤが言ったんだ……」 フクナガが、小刻みに震え出す。表情は、悔恨で歪んでいた。 「『おっと、逆さまに見せていましたね。失礼しました』って」 「逆さま?」 彼女は目を瞬かせている。 「このプレート、裏のピンを見ない限り、上下なんて解らないだろ? だから俺は、ヨコヤの様々の数字を見て、それが容疑者番号だと思いこんでたんだ」 「えぇ!?間違った番号入力したら、失格になっちゃうじゃないですか」 「そう。だから俺も腹が立ったんだけど、送信する前だったし、構わないと思ったんだ。 でもそこで、あることに気付いた」 「あること?」 武田が、訝しげに眉を寄せた。 「ヨコヤの、本当の容疑者番号。そこには、0と6が含まれてたんだ」 「それって………まさか!」 「俺も、嫌ぁ〜な予感がしたんだよ。なんせ、俺の番号は既に見せちゃってるんだから。 で、恐る恐るヨコヤの番号を送信したわけ。そうしたら明らかになった3桁目は、8。 ヨコヤの番号は………068」 「それ!」 「犯人の番号!」 驚愕する二人に、フクナガはゆっくりと頷いた。 「犯人の番号を送信しても、失格にはならない。でも、もう失格したも同然だった。 犯人に番号を見せたんだから……」 「じゃあ、何でアンタ未だに生き延びてんのよ」 武田が、すうっと目を細くして言った。 「そこ。そこが問題なんですよ奥さん。 番号が解って戦慄してる俺に、ヨコヤが嫌味ったらし〜い顔で言ったんだ」 フクナガは、ヨコヤの顔真似をしているらしかった。 「『私に協力するなら、生き延びさせた上、賞金の分け前をあげます』ってさ」 「協力……?」 彼女は首を傾げた。 「ヨコヤは犯人だから、少なくとも7人の番号が必要。 でも、葛城も言ってた通り、普通にやってたら7人も騙すのは難しい。 だから、スパイになって他の連中の番号を探り、報告しろって言うのが、 ヨコヤの出した条件だったんだ」 「スパイ……」 武田が茫然と呟く。 「その時ヨコヤは、既に菊池・麻生を味方に付けてた。 多分、俺と同じ手口で騙したんだろう。 今まで殺された連中も、俺達スパイが、番号を報告したからなんだよ」 「そんな……!どうやって?」 「他の連中は知らないけど、俺はおっさんの番号は知ってたからね。 ヨコヤには既に報告してあるし、おっさんが脱落するのは時間の問題じゃないかな?」 「酷い……犯人に他の人の番号を知らせちゃうなんて……」 「仕方ないだろ。これも自分が生き延びる為なんだから」 俯く彼女を、フクナガは無表情に見下ろした。 「でも、犯人が分かってるなら、さっさと告発しちゃえばいいじゃない」 武田の言葉に、フクナガは首を振る。 「それが出来ないんだよ〜。ヨコヤの奴、ずぅっと応接室を見張ってるんだ。 告発は、応接室のパソコンからしか出来ないだろ? そこを抑えられたら、即殺されちゃうんだからさ」 「逃げ場はない、って訳ね」 フクナガはまた、大きく頷いた。 「さっき、一瞬ヨコヤが応接室から離れた様に見えたんだよ。 だから、俺達はさきを争って告発に行った。でも、ヨコヤにはそれが読まれていたんだ。 最初に応接室に辿り着き、見せしめとばかりに殺されたのが……」 「ヒロミさん……」 彼女は俯き、泣き出しそうな顔をする。 「でも、おかしいじゃない」 武田がフクナガを睨んだ。 「ヨコヤはアンタと菊池と土田、3人の番号を知ってるんでしょ? それさえ使っちゃえば、7人以上殺して、犯人の勝利。 アンタ達を生かしておく理由なんてないわ」 フクナガは、指を立てて振って見せた。 「違うんだよ。アイツが狙ってるのは、完璧な勝利なんだ」 「完璧な……勝利?」 フクナガは順に、此方を指さして言った。 「あと3人。あと3人で、ヨコヤは容疑者を全滅させられる」 「ぜ、全滅!?」 口を覆う彼女に、フクナガはゆっくり頷いて見せた。 「アイツが狙うのは全滅だけ。 だから、俺等を殺さずに、ナオちゃん達の番号を探らせてるんだよ。 でも、俺はヨコヤの思う通りにさせたくない」 フクナガは、彼女に向き直った。 「俺達は監視されてる上、犯人に番号もばれてる。 でもナオちゃん達なら、まだ希望がある! 頼むナオちゃん、応接室に行って、ヨコヤを告発してくれ!」 「わ、私が……」 彼女はフクナガに詰め寄られ、目を白黒させる。武田が間に割って入った。 「こんな奴の言うこと信じるの?騙されちゃ駄目よ。 どうせ此奴、また何か企んでるに決まってるんだから」 「俺はもう告発出来ないんだぞ!騙したって意味無いだろ。 俺はただ、賞金の3割くらい貰えたら嬉しいなぁ〜♪とか思っただけで……」 「なんでアンタに分け前あげなきゃならないのよ!」 「当ったり前だろぉー!俺が犯人探し当てたんだから〜!」 「ただ嵌められただけじゃないの!」 「私!」 言い争いを始めた二人を、立ち上がった彼女が遮った。 「私……フクナガさんを信じます」 そして、きっぱりと言い切った。 「フクナガさんを信じて、犯人を告発します」 フクナガは眩しそうに目を細めた後、彼女にやたら細かい拍手を送った。 「偉い!それでこそ我等がナオちゃん!さぁ、行ってらっしゃぁ〜い!」 「はい」 彼女はゆっくりと、応接室に向かって歩き出した。 「……おい」 自分の前を通る瞬間、声を掛けた。彼女の足がぴたりと止まる。 「本当に、いいのか?」 彼女が、此方を向く。じっと見上げるその目からは、やはり微かな迷いが感じ取れた。 「……はい。私、勝ちたいんです」 それでも、彼女ははっきりとそう言った。 「……そう」 呟くと、彼女は微笑み、また歩き出した。その背が、廊下の向こうへ見えなくなる。 フクナガと武田は、無表情で見送っていた。 鐘の音が、響いた。 「お知らせがあります。皆さんの中から、7人目の犠牲者が出ました」 「はい、来たぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 葛城の声の後、直ぐさま上がったのは、フクナガの雄叫びだった。 「来た。来ました。やっぱり来ちゃいましたよ!んふふふふふふ!」 フクナガは笑い転げながら、応接室の扉へ歩み寄る。彼女は未だ、応接室の中に居た。 「ナオちゃん、君は本っ当に、どこまでもどこまでも果てしなく…………」 フクナガは、鼻の穴を空豆大まで広げて息を吸い込み、叫んだ。 「ぶわっかだよねぇえええええええあああああああああああああああああ!!!!!!」 声は、廊下中に反響した。その声につられる様に、土田が顔を出す。 「ナオちゃんさぁ、本当にヨコヤが犯人だなんて思った訳?」 フクナガは笑いながら、応接室の扉に向かって言う。 「な、なんだ?どういうことなんだ?」 落ち着き無く辺りを見渡す土田に、フクナガは含み笑いを漏らした。 「間違った犯人を告発したら即死亡。そういうことだよっ!」 そして大口を開け、げたげたと笑い出す。 「だって……ヨコヤは犯人なんかじゃないもん☆」 土田の表情が、驚愕の色に染まった。 「そんな!だってアイツは、068を……!」 「だからぁ、逆さなんだって。アイツの本当の番号は、098なの」 土田は考える様に目を細め、はっと見開いた。 「最初に見せられた番号!」 「そう。騙された〜って思うから、ネタ晴らしされた後の番号を本当だと思いがちだけど、 実は最初に見せられたのが本当の番号。単純なんだけど、これが以外と引っ掛かる」 「くっ……」 土田はがくりと項垂れた。 「お前は、それにすぐに気付いたのか……。まさか……まさかお前が……!」 戦慄する土田に、フクナガは口の端を吊り上げる。 「さぁ、葛城さ〜ん♪どどぉんと発表しちゃってください! 間違った犯人告発して、あえなく脱落しちゃった哀れな子羊の名前をぉおおお〜♪」 フクナガの妙な歌に促される様にして、葛城の声が響いた。 「その方の名前は……」 「はいはい、解ってますって!」 「ヨコヤさんです」 静寂が、辺りを支配した。 「……………はい?ナオちゃん……じゃなくて?」 フクナガは小刻みに瞬きする。だが、葛城は質問に答えず、淡々と言葉を続けた。 「次に、勝者が決定しましたので、発表させていただきます」 その言葉に、フクナガと土田はさらにあんぐりと口を開いた。 「あ!そ、そうか!今ので7人目……犯人の勝利……」 「い、いやそんな筈無いよ!だって!」 土田の言葉を、フクナガが慌てて否定する。 「簡単よ」 背後で、声がした。フクナガ達が振り返ると、そこには、武田と菊池の姿があった。 「ヨコヤが犯人じゃないなら、一体誰が犯人なのか。少し考えれば、解る事じゃない」 武田はゆっくりと、笑みの形に口を歪めた。その後で、菊池が諦めた様に溜息を付く。 「俺の視力を持ってすれば、簡単なことだと思ったんだがな……」 「え?え?じゃあ、犯人って……?」 一人きょろきょろとしている土田の背後で、扉が開いた。 応接室に、続く扉が。 「このゲームの勝者は……」 そこから進み出る、小さな、一つの影。 「神崎直さんです」 「え、えぇえええええええええええええええええええええ!!!!!!?」 フクナガが雄叫びを上げて仰け反り、二転三転と転がった。 転がった勢いで器用に立ち上がり、彼女に駆け寄る。 「ななななナオちゃん?ナオちゃんには……犯人が分かってた訳?」 「はい!勿論です!」 彼女は満面の笑みで答える。 「犯人は………」 |