『game5』



「犯人は……」
 フクナガはごくりと唾を飲み込んだ。
 武田は笑みを浮かべ、菊池は無表情で彼女を見つめる。
 土田は大量の汗を拭きながら、きょろきょろと周囲を見渡していた。

「犯人は貴方です」
 そして彼女は、「その人物」を、真っ直ぐ見た。
「秋山さん」

 長い、長い、沈黙があった。
「ち、ちちちちょぉっ……!」
「どういう事よぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
 応接室から駆けだしてきた坂巻の勢いに、フクナガは雄叫びを飲み込んだ。
坂巻に続いて、麻生・江藤・西島・大野・牧園の5人も飛び出してくる。
どうやら、応接室は死者の部屋にもなっていたらしい。
「あ、秋山が犯人って……それをナオちゃんが当てたって言うの!?」
「その通りです」
 死者達の背後から、葛城が進み出る。そして、彼女に向かい、薄い笑みを浮かべた。
「ほ、本当なのか秋山?」
 菊池が問う。壁から背を離し、中央に歩み出た。
「たった今、神崎直の勝利が宣言された。つまり、彼女の言葉は正しい、ということだ」
「そ、それは、自白と認めていいんだな!?」
 西島が不安定な声で叫んだ。僅かに肩を竦めてみせる。
「言い逃れは無駄だろう?ゲームは終わったんだ」
 再び、沈黙が走る。
「で、でも待ってよ!」
 坂巻が詰め寄ってくる。
「アタシは、秋山のプレートを確認した!
 何処かに細工がないかって、隅々まで見たんだから間違いないよ。
 秋山の番号は犯人とは違う、241だったんだから!」
「あ、それ僕のです」
「お前のかぁあああああああっ!!!!」
 挙手した大野は、電光石火で坂巻に蹴り倒された。
「ぼ、僕は脱落したから、プレートを捨てていっただけですよぉ……」
 大野は涙目になって、坂巻を見上げる。
「それを見せて、信用させたって訳か。壁の文字からアタシ等を殺したのも……」
「勿論、俺だ」
 そう呟くと、坂巻は金切り声を上げて頭を掻き毟った。
「お前等は武田を問い詰めるのに夢中だったからな。
 メールをする間くらい、いくらでもあった。西田と大野に関しても同じだ。
 堂々と犯人の前で番号口に出してるんだから、世話無いよな」
「く、くっそぉ……!」
 西田と大野は綺麗に揃った地団駄を踏む。
「ヒロミさんの番号は?いつ解ったんですか?」
 牧園の問いに答えたのは、麻生本人だった。
「アタシを殺したのは秋山じゃない。……ヨコヤよ」
「えぇえええええええっ!!!!?」
 牧園の驚嘆を合図にする様に、階段の手すりから、顔を出す者が居た。
「殺されたなんて、言いがかりですよ麻生さん。
 ただ、貴方自ら、死を選んだだけじゃないですか」
 言うまでもない、ヨコヤだ。
ついさっき脱落したとは思えないほど、自信に溢れた笑みを浮かべている。
お前のその自信は、一体どこから来るんだと問いたい。
「うっさい白髪頭!アンタがアタシを嵌めたんじゃないのよ!」
 麻生はヨコヤを指さして、歯ぎしりする。
「態と応接室の前から離れて、隙を作って!アタシがアンタっていう偽の犯人告発して、
 脱落するのを待ってたんじゃない!」
「それに関しては、否定はしません」
「ほら見たことか!」
 麻生はふんぞり返っているが、今ので証明されたのは、
見事なまでにヨコヤの策に嵌ったという事実だけだ。
「これは私なりの考えがあってしたことですよ。犯人に、勝利を掴ませないために」
「どういうことだ?」
 菊池の問いに、ヨコヤは手すりから離れ、階段を一段一段下りてきた。
「犯人は、7人以上を「殺害」しなければ、勝利できないルールです。
 でももし、殺す相手そのものが、7人を下回ってしまったらどうでしょう?
 例えば……自ら脱落する、とか」
 その言葉に、麻生が息を呑んだ。
「念のため、葛城さんにも確認しましたが、
 やはり犯人は7人以上に直接手を下さなければ、勝利とは見なされない。
 告発の失敗などによる失格者は、その数に含めないそうです」
「そんな話、聞いてないぞ!」
 土田が言ったが、葛城は表情一つ変えずに答えた。
「日本語を良く聞いていれば、解るルールだと思いますが」
「うぐっ……」
 土田が黙ったのを確認し、ヨコヤは言葉を続けた。
「だから私はこう考えたわけです。
 自ら脱落する者が沢山居れば、犯人の勝利を阻止することが出来ると」
 麻生と菊池は目を見張った。
「私の番号を見た麻生さん、菊池さん、フクナガさん、土屋さんは、
 私を犯人だと思いこんだ。告発したくてうずうずしていたでしょう。
 だから、隙を作って見せれば、必ず私を告発する」
 菊池は自分のプレートを掲げて見せた。
「このゲームでは、死亡した方の名前は報告されますが、その原因は分からない。
 最初に麻生さんが脱落しましたが、私の協力者達は、
 麻生さんが告発しようとしていることに感づいた私に殺された、
 と思ったのではないでしょうか?」
 菊池は答えず、俯いただけだった。
「それまでに脱落していたのは5人なので、犯人は少なくともあと二人は、
 殺害しなければならない。
 このまま菊池さんとフクナガさん、土屋さんが私を告発して落ちれば、
 犯人を除いた容疑者は3人。
 うち一人は私自身ですから、あと一人でも取り込むことが出来れば、
 犯人が2人以上殺害することは、ほぼ不可能だった」
 いまいち事態を飲み込めていないらしい江藤が、指を折りながら人数を確認している。
「しかしフクナガさんは、私が犯人ではなく、麻生さんが間違いの告発によって脱落した、
 ということに感づいていたようですね」
「当たり前だろぉ。俺がプレートの反転なんていうチャチな手に引っ掛かるかっつーの!」
 彼女の策略は見抜けなかったくせに、フクナガは得意げに叫んだ。
「俺も、多くを脱落させて、犯人を潰す策を考えた。
 そんな矢先に、ヨコヤに話を持ちかけられたんだよ。
 多分、此奴も俺と同じ事考えてるっていうのは、直ぐに解ったよ。
 まぁ、プレートが随分都合の良い番号だったから、
 ここは策に乗って置いた方が得策だなと思ったんだ」
「それでアタシが脱落した後、ナオちゃんに話を持ちかけた……」
 麻生の言葉に、フクナガはにいっと笑う。
「俺は麻生じゃなくて、ヨコヤを見張ってたわけ。
 何をしている気配もないのに、麻生は脱落。これでほぼ、確信が得られたんだよ。
 ナオちゃんが落ちれば、生き残ってるのは6人。
 その内4人に関しては犯人でない確証があったから、
 あとは秋山か武田を見抜くだけだったのにぃ……」
 フクナガは恨みがましい目で、彼女を睨んだ。
「そ、そうだよナオちゃん!」
「どうして解ったの?秋山が犯人だって!」
「ナオちゃん、『秋山さんは犯人じゃないです♪』って言ってたじゃない!」
 数人に詰め寄られたが、彼女は臆することなく口を開いた。
「フクナガさんが、沢山話してくれたから解ったんです」
「た、たくさん……?はなした?俺がぁ!?」
 首を傾げるフクナガに、武田が変わって進み出る。
「キノコはヨコヤと取引して3桁を手に入れ、ヨコヤが犯人だという事実を知った。
 プレートを逆さまに見せられていたから、って話だったわよね?」
「そ、そうだよ!」
「僕たちだってそれで騙されたんだ!」
 菊池と土田が口々に言う。
「ヨコヤは、全員を殺害する完全な勝利を目論む犯人だった。
 だから、番号を入手しても直ぐには殺さず、自分の配下として、
 他人の番号を調べさせた。
 でも、このゲームにおいて、犯人が自分以外の全員を殺す事なんて不可能なの」
「え……?プレート逆さまの引っ掛けを使えば、出来るんじゃないの?」
「よく考えてよ。何度も言うけど、プレートを見せ合うのは何のため?」
「それは……自分が犯人じゃないことを証明して、
 相手の番号を知って、犯人の3桁を……………。……?あれ?」
 武田は小さく笑んだ。
「そう。犯人の番号を全員が知った段階で、
 もうお互いに番号を見せ合うというリスクを冒す必要はなくなる。
 となれば、意地でも見せない者が居ても、なんらおかしくない。
 犯人が全員の番号を手に入れることは、ほぼ不可能になる」
「ま、まぁそうか……。」
「でも、ヨコヤが犯人じゃないなら、
 なんでアタシ達に何人もの番号を手に入れさせるような真似したの!?」
 麻生が声を上げる。
「決まってるじゃない。犯人候補を減らす為よ」
 武田の言葉に、フクナガは小刻みな瞬きをする。解っていないフリか。態とらしい。
「ヨコヤが把握している番号は、土田、菊池、フクナガ。
 ヨコヤの立場からすれば、犯人候補は、ナオちゃん、秋山、アタシの誰かだって解る。
 ここで、フクナガの策が成功して、ナオちゃんが脱落していたとする。
 そうすれば、犯人は二択」
「そっかぁ!もう一人でも裏切り者が出たら、犯人がすぐに分かる!」
 牧園が漫画の様に手を叩いて表情を輝かせた。
「全員の番号を手に入れるなんて出来っこないのに、それをしているいうヨコヤ、
 それに繋がるフクナガ、土田、菊池を候補から外した。
 そしてナオちゃんは、アタシの番号が牧園と取引したことも知ってる。
 だから、アタシが犯人じゃないことも解るのよ」
「そうか……だから残るは、秋山だけ!」
 坂巻が叫び、全員の視線が自分に集まった。
 さも「謎解き」のようなことを始めているが、全くプレートを見せようとしない自分が、ハナから疑われない方がおかしいというもの。少し考えれば解ることだった。
「そんなに……難しい話でしょうか?」
 彼女が呟いた。どうやら、彼女もその事実に気付いていたらしい。
 葛城は、このゲームは犯人に有利だと言ったが、どう考えても不利である。
三桁の番号を見せるためにしか、他の連中はプレートを見せようとしない。
だが自分には、自分が犯人でないから見せてくれと言う方法が使えないのだ。
何せ、実際に犯人なのだから。
 つまり、他人が作戦を立てているのを盗み聞く以外、番号を知る術はない。
 彼女に少々手を貸しているフリをしておくのが、一番好都合だっただけだ。
「私は、皆さんの言葉をもう一度考えてみたんです。
 そして、それが全部本当の事を言ってるんだって、気付いたんです」
 しかし、彼女の口から出たのは、自分の予想からやや外れた言葉だった。
 どういう、意味だろうか?
「西田さんと大野さんは、犯人じゃないから番号を交換しようって言ってくれたんです。」
 西田と大野はきょとんと顔を見合わせる。
「マイさんは、牧園さんと協力して、一桁までは入手した。
 このプレートを見せるから、私の番号も見せてほしいって」
「そうやって騙して、ナオちゃんを落とそうとしたんじゃないか!」
 江藤がいきり立った。
「でもアタシ、『自分のプレート』とは、一言も言ってないよ?」
「なあんだと!この屁理屈女ぁ!」
 しれっと答える坂巻に、江藤が益々苛立ちを露わにする。
「そうなんです」
 彼女の言葉に、江藤は沈黙した。
「マイさんは、嘘は言ってない。だから、牧園さんと取引したのは本当です。
 プレートを見せ合ったんですから、二人はやっぱり犯人じゃない」
 江藤は不満そうに引き下がった。
「ユキナさんも、やっぱり本当のことしか言ってない。
 牧園さんはユキナさんのプレートを見てるから、ユキナさんも犯人じゃない。
 そして……フクナガさん」
 彼女に目を向けられ、フクナガはびしりと背筋を伸ばした。
「フクナガさんは、ヨコヤさんの嘘を見抜いてたって言うけど、
 本当は自信がなかったんじゃないですか?
 だから私を使って、分け前を貰う前提で告発させて、
 ヨコヤさんが犯人じゃないことを確認しようとしたんですよね」
「うぐ」
 フクナガは態とらしく胸を押さえる。
「でも、その段階ではヨコヤさんが犯人じゃない証拠は在りませんでしたから、
 やっぱりフクナガさんの言葉も、嘘じゃなかったんです。
 だとすれば、ヨコヤさん・ヒロミさん・菊池さん・土田さんも犯人じゃない」
 彼女は江藤に目をやって微笑んだ。
「勿論、最初に協力しようって言ってくれた、江藤さんもです。そして……秋山さん」
 そのままゆっくり、此方に視線を向ける。
「秋山さんは、最初から言ってたんです。『犯人を告発する気はない』って」
「………」
「犯人は、犯人を告発する筈がない。そうですよね、秋山さん」
 彼女は、「どうだ」とでも言いたげに笑ってみせる。
 一同は、半ば茫然として、彼女の笑顔を眺めていた。

「………ずりぃよ」
 少し離れた壁際で、江藤が呟いた。
顔こそ正面を見ているが、明らかに自分へ向けた言葉だった。
「自分は参加しません〜みたいなフリして、ばたばた脱落させやがって!」
 眉間に深い皺が出来ている。機嫌が悪いらしい。
 優勝者となった彼女は葛城に呼び出され、別室で賞品の受け渡しをされている。
応接室に残された一同には、何とも言えない空気が広がっていた。
「俺は、一度たりとも参加してないとは言っていないが」
「そんなの屁理屈だ!詐欺だ!嘘つきだ!」
 今更そんな事実を面と向かって指摘された所で、なんと返して良いものやら。
「大体アンタ、ナオちゃんの番号、最初に聞かされてたんでしょ」
 腕組みをした坂巻が、横目で此方を見ていた。
「だったらナオちゃんが応接室に行く前に、どうにも出来たはずじゃない。
 それをしなかったってことは……結局お前もアレか」
 坂巻は嫌味ともからかっているとも付かぬ声色で、口の端を吊り上げながら言う。
「…………俺はヨコヤを告発しに行ったと思っていた。それだけだ」
「嘘つけ!涼しい顔しやがって。いい加減にしないと、アタシが直々に……!」
「マイさん落ち着いて!」
 何やら暴れ出した坂巻を、牧園や土田が止めに入る。
「どーせいつも通り、手ぇ組んでたんだろ。あ〜あ、儲け損なったぁ。もう帰りたい」
 フクナガがアイスのような菓子を舐めながら呟いた。帰りたいならさっさと帰ればいい。
いまだにだらだらと残っているのは、彼女が手にした賞金のおこぼれに
預かるのを期待しているからだろうが。
 確かに、坂巻の指摘通り、自分は彼女を止めようと思えば止められた。
番号は把握しているし、応接室に行く前にどうとでも出来る。
 これでも一応、勝利を目論んでも居た。
 葛城に掲示された「副賞」は、確かに自分にとって必要なものだったのだ。
 そして出来れば、彼女には渡したくないものだった。
 それでも、彼女の番号を葛城に伝えようとしなかった。その理由は……
「お前と同じだ」
「は?」
 急に話を振られ、江藤が自分を指さして素っ頓狂な声を上げる。
「ただ、表現が気に入らなかった………それだけだ」
 江藤はやはり意図を介していない様で、首を傾げていた。

 ただ、気に入らなかった。ゲームの上でも、死を意味する言葉を、向けることは。

「これって……二万?」
 彼女の受け取った賞金を眺め、一同は目を丸くした。
 しかし葛城は、眉一つ動かさずに答える。
「私は一度も、日本円だと行った覚えはありません。
 二億ガンダンターレ。日本円に換算すると、約二万円です」
「何処の国だよ!」
 全員の声が、見事に唱和する。
「まぁまぁ皆さん。これで、美味しいもの、食べに行きましょう♪」
 彼女はにこにこしながら、二万円を両手に掲げた。
「酒。飲まなきゃやってらんないわ……」
「肉!俺肉食いたい!」
「コースとかの方が、安上がりで食えそうだが」
「いっそバイキングは?」
「それはそれで切ないものがあるな……」
 結局、何だかんだと良いながら、ぞろぞろ歩き出す。
「秋山さん!」
 彼女が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「なんとか勝てましたよ!」
 満面の笑みを浮かべ、此方を見上げている。
芸をした後、誉められることを期待している犬を思わせる顔だ。
一応「ああ」と頷いておく。
「それで……?例の副賞は、手に入れたのか?」
「あ…………………はい」
 彼女の表情が陰る。無理もない。自分はこれを、彼女に見せたくなかったのだ。
 だが、同時に、彼女が見るべきものでもあると思っていた。
 彼女が手にしているのは、黒いファイル。
 それが、葛城からの「副賞」だった。

 ゲームが始まる前、一人ずつ呼び出された際。犯人役をやって欲しいと言われた。
 賞金に興味はない。無論、断ろうとした。
 だが葛城が告げた副賞の内容が、自分の考えを変えた。
「次のライアーゲームの情報です」
 ゲームは終わった。赤い林檎が全て揃った時、出資者は姿を消したのだ。
 もう、あの下らないゲームが始まることはないと、あの事務局の女は言っていた。
 そのゲームに、次が在るという。
「ファイナルの話は神崎さんに聞きました。出資者のことも。
 ゲームが、終わったということも」
 葛城は、一冊の黒いファイルを取り出して、言った。
「揃うはずのない林檎が揃い、ゲームは終わった。
 しかし……出資者達が、そんな幕切れを良しとするでしょうか?」
 勿論、あのゲームで負債を抱えた者もいるだろう。
だが元より、人の騙し合いを肴にする様な連中だ。
金銭的に追い詰められているとも考えにくいし、同情の余地はない。
「貴方の意見を聞いて居るんじゃありませんよ。
 問題は、神崎さんが彼等に、どういった人間として認識されるのかということです」
 葛城はファイルを捲りながら言った。
「出資者は誰なのか、それは厳重に隠されていて知ることが出来ません。
 しかし一人だけ、正体を掴むことが出来ました。これは、その詳細です。
 ………欲しくありませんか?」
 出資者の一人。その人間が、再びあの馬鹿げたゲームを開催しようとしているのか。
「いいえ。彼は神崎さんによって幸運を掴んだ者の一人です。
 だからこそ、私は彼から、「警告」という名の情報を手に入れることが出来た。
 そして彼は、あのゲームで負債を抱えた人間が、
 次のゲームを目論んでいることに気付いたんです」
 葛城は一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。
「次のゲームは騙し合いなんかじゃない。
 自分達に負債を追わせた、たった一人の人間を、陥れるためのゲーム」
 そのたった一人が彼女であることは、尋ねるまでもないことだった。
 ゲームを終わらせ、賞金を分けたことで、全てが救われたのだと、彼女は言った。
 信じ合うことさえ出来れば、誰も不幸になんてならないのだと。
 だが、自分が利を得ることのみを良しとする。そんな人間は存在する。
 その人間が、彼女をまた、あのゲームへ導こうとしていた。
「今まで貴方は、絶対の信頼を置ける者として、彼女の傍にいた。
 今日のゲームで、犯人として貴方に証明して欲しいのは……」
 葛城は、ファイルを机に起き、此方を向いた。
「貴方は彼女を陥れる事が出来る、と言うことです」
 陥れるためのゲーム、そこに参加できるのは、陥れることの出来る人間だけだ。
「私はいたずらに彼女を動揺させたいとも思いませんし、
 無為な期待を抱かせたいとも思わない。
 きっと貴方が助けてくれるなどという、期待を」
 黒いファイルに書かれているのが誰なのか。
 幾人かが脳裏に浮かぶが、どれ一つとして確証は得られなかった。
「彼女を守りたいなら、頑張って犯人を演じてくださいね、秋山君」
 葛城は、微笑みながら呟いた。

「それが……副賞か」
 ファイルが鞄に収まらないらしく、彼女はそれを両手に抱えていた。
「はい。葛城さんに………聞きました」
 葛城が何処まで話したのかは解らない。
だが少なくとも、次のゲームがあると言うことは聞かされた様だった。
「でも、きっと大丈夫です!」
 彼女は、わらわらと歩いていく連中を眺めて、目を細めた。
「今日のゲームも、皆さんの言葉を信じたら、すぐに解りました。やっぱり同じなんです。
 信じ合うことさえ出来れば、みんなが幸せになれる。
 だから、どんなゲームが来たって、私はへっちゃらです!」
 そうして彼女は、小さな拳を握った。
夕日に染まる街に佇む姿は、さながら青春映画と言った所か。
しばし眺めて、呟く。
「…………そう」
「そうです!」
 間髪入れずに返事が返ってきた。
 まるで、何も言うなと言うかのように。不安を隠すように。
 下がった眉に、感情がそのまま浮かんでいることなど、本人は気付いていないのだろう。
 その眉に掛かる髪に、触れるか触れないかという距離に近付き、顔を眺めた。
「あ……秋山……さん?」
 彼女は元々丸い目を更に丸くして固まっている。
「ち……近い……です……」
「そうだな」
「………っ」
 彼女は余程落ち着かないのか、目を伏せて微動だにしない。
 何も言わなくとも、感情の伝わる距離に、自分は居る。
 自分が消えた方が彼女の為だなど、欺瞞でしかない。
 まだ何も終わって等いない。漸く、始まったと言ってもいいのだろう。
 だからこそ……いや、そうでなくとも。
 今度は、近くに。
「俺は………」
「………」
「…………俺は寿司がイイ」
「はい!……って、え?あの……はい?」
 彼女はびくりと身を縮めた後、目を瞬かせた。
「旨いもの、食わせてくれるんだろ?」
 そのまま、歩き出す。
「え!お、お寿司!?回ってるのなら、なんとかなるかなぁ……?」
 彼女は呟きながら、賞金を眺めた。
「ナオちゃん早く〜、置いてっちゃうよ〜!」
 呼び声と共に、手招きしている姿が見える。彼女は笑顔で答え、駆けだした。
「ほら、秋山さんも早く!」
 自分の服を引っ張って。バランスを崩しそうになりながら、後に続く。


 ゲームは、終わっていない。
 まだ、始まったばかり。





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