『game3』 笑顔で示す先には、西田と大野の姿があった。 何故よりによって此奴等なんだ。 ヨコヤやフクナガを連れてこなかっただけ、彼女にしては上出来なのかも知れないが。 「おい、お前等本っ当に0がないんだろうな?」 江藤は椅子に座らされた二人を、睨み降ろしている。 「ほ、本当に決まってるじゃないか!」 大野が汗を拭きながら、たどたどしく言い返す。 「ほぉ、じゃあさっさとプレート見せろよ」 「なんで見せなきゃならないんだよー!お前だって犯人かもしれないだろー!」 西田は、大野に負けず劣らずの滑舌の悪い口調で、叫びながら立ち上がった。 図体がでかいためか、江藤が思わずたじろいだのが解る。 「お前等どうせ、さっき俺の番号みたんだろ。 だったら、犯人の最初の一桁が0だって事も知ってる。 0が俺の番号に含まれていないことぐらい解るだろうが」 「あ……」 西田と大野は、声を揃えて固まる。 「俺は死んだも同然だから、せめてナオちゃんに協力してぇだけだ。 お前等の番号を俺に教えろ。それを使って、俺が2桁目を手に入れる。 そうしたら、ナオちゃんが犯人でないことも証明されるから、 俺達4人は晴れてお互いの番号を見せ合い、3桁の番号を入手できるって寸法だ」 「おお〜」 西田と大野は大きく頷いた。 「完璧だろ?あとはその番号を利用して、犯人を当てられるかは早い者勝ちだぞ」 「あ、でも待ってよ。」 大野が挙手する。 「それって、2桁目の数字が、ナオちゃんの番号に含まれていないことが前提だろ? ナオちゃんが犯人でなかったとしても、2桁までは犯人と被っている可能性がある。 もしそうなら……」 「その時は、もう一人仲間を捜します。私が犯人でないことを証明するには、 それしかないですから」 彼女は落ち着いて答えた。 「でも、仲間が5人になっちゃうよ? もしそうなったら、一番犯人の可能性が高いナオちゃんが、 他の人から番号を教えて貰えないって事も……」 「お前等、ナオちゃんを裏切る気かよ!」 江藤がいきり立ち、大野は「ひっ」と首を竦めた。 ファイナルでの事を思えば、お前も偉そうなことを言えた立場ではないと思うが、 一応黙っておいた。 「でも、信じなかったら始まりませんから」 彼女はやはり、きっぱりと答える。恐れも苛立ちも微塵も感じさせない表情だった。 「早くしろよお前等!俺はいつ死んでもおかしくない人間なんだぞ!」 江藤に急かされ、西田と大野は慌ててプレートを取り出した。話は纏まったらしい。 「確かに、0は無い。お前等は犯人じゃねぇってことだな」 「そうだよ。早くしろよ!」 「焦るなって」 江藤はにやにやしながら携帯を操作した。 「じゃあ、ナオちゃん。」 彼女が西田と大野にプレートを差し出した。 「はい、確かに」 西田と大野も、各々のプレートを差し出す。お互いに頷き合い、メールを送信する。 江藤が明らかにした犯人の番号は、0と6。 それを西田と大野が江藤の携帯気面で確認したことで、 370の神崎直が犯人でないことが証明された。 西田と大野は、それぞれ241と987。 互いに犯人でないことを確認した4人は、お互いの番号を使用して 三桁目を手に入れようとしていた。 「これで勝利への道がぐぐっと近付いたね!」 大野が意気揚々と言いながら携帯を操作する。 「でも、副賞ってなんなんだろう……?犯人が、何が何でも欲しがるものって……」 「2億より欲しいなんて、早々ないよな。だったらやっぱり、 あのぴかぴかの服来た女の子の言ってた説が……」 西田の呟きに、男3人の視線が彼女に集中する。 「まさか!そんな訳ないじゃないですか!そんなのユキナさんが冗談で……」 慌てふためく彼女から、3人の視線が動く気配はない。 「お、大野さんの番号、送信できましたよ!ほ、ほら!次は西田さんの……」 その時、奇怪な音が響き渡った。 「これ……」 「鐘の……音?」 洋館中に響き渡る、教会のような、鐘の音。4人は不安げな面持ちになる。 「皆さんに、残念なお知らせがあります」 次いで聞こえてきたのは、葛城の声だった。 何処かにスピーカーのような物があるのだろう。四方八方から、声が聞こえてくる。 「皆さんの中から、最初の犠牲者が出ました」 4人の表情が、驚愕の色に染まる。中でも江藤は、俯いて奥歯を噛み締めていた。 「では、発表させていただきます。最初の犠牲者は……」 心から楽しそうな笑みを浮かべる葛城が、見えるような気がした。 「大野さんです」 「なっ………!」 4人は驚きの声を上げた。名前を呼ばれた大野は、わなわなと震え出す。 「もう一方、西田さんです」 「ひょええええ!?」 西田もまた、珍妙な声を上げて尻餅をついた。 「以上です。皆さん、引き続き頑張ってください」 ぷつりと、音が聞こえた。放送は終わったらしい。 西田と大野は放心状態で、彼女は口元を覆っていた。 だがそれ以上に、江藤が口をあんぐりと開けて固まっている。 「どういう……ことだよ……」 西田がゆっくりと顔を上げる。 「なんで俺達が殺されなきゃならないんだよぉおおおおおお!!!!!」 そのまま、闘牛のような勢いで江藤に突進した。 江藤はそれをまともに食らい、床に倒される。彼女が慌てて止めに入る。 「しかも、江藤さんが無事で、僕らだけなんて……」 大野が放心状態の儘呟いた。 「そうだ……それがおかしいんだよ。やっぱりお前、犯人なんじゃないかーっ!」 西田は江藤の襟首を掴んでゆさゆさと揺らした。 「ば、バカ言ってんじゃねぇよ!俺達は互いの番号を確認した。 犯人じゃないのは解ってんだろ!」 「番号に……何か細工でもしたんだろぉおお!」 「そんな真似出来るか!いい加減に離せよ!」 まだ鼻息も荒く唸っている西田からなんとか逃れ、江藤は居住まいをなおした。 「大野さん、西田さん」 背後から声がした。西田と大野がゆっくり振り返る。そこには葛城が立っていた。 「貴方達は既に死亡しました。生き延びている方々との会話は禁止です」 「そ、そんなぁ……」 二人は悲痛な顔で葛城を眺める。 「さぁ、別室へ御案内します。あとはゆっくり、見物なさってください」 「うぅっ!畜生!」 西田はプレートを床にたたきつけた。大野は何故か慌ててそれに習う。 葛城は二人を連れ、何処かへ去っていった。まるで死神だ。 見送りながら、江藤がぼんやりと呟く。 「犯人の野郎、何考えてんだ?………それとも、実は俺の番号見てねぇのかな?」 「それはない」 「うるせぇな!微かな希望くらい抱いてもいいだろ!」 親切に教えてやったというのに、江藤は歯を剥いて唸った。 「動きがばれていた。そういうことだな。今、誰かに見張られていたんだろう」 そう呟くと、江藤は油断なく周囲を見渡した。 「西田さん、大野さん……」 彼女がしょんぼりと呟く。 「味方、いなくなっちゃいました……」 「確か、死んだ奴等の番号は使えないんだよな?ナオちゃん、もう3桁手に入れた?」 「いいえ。西田さんの分の番号を入力する前に放送があったので、 0と6しか解りませんでした」 「そっか……」 「あ!でも!」 彼女の表情が、輝きを取り戻す。 「江藤さんは、西田さんと大野さんの番号を使って二桁手に入れてるんですよね。 だから、私の番号を使えば、3桁目も入手できます!」 「いや……それが……」 江藤は頭を掻いて口籠もった。 「俺、実はナオちゃんと西田の番号で2桁手に入れたんだよね……」 「え……?」 「順番は、なんでも良いと思ってたからさ……。 ちなみに俺も、大野の番号を送信する前だったから、2桁しか入手してない……」 「そんな……」 二人の頭上に、どんよりと暗雲が立ちこめた。 「別に落ち込む事じゃないだろ。まだ容疑者は大勢いる」 そう呟くと、二人は顔を上げた。 「そうですよね!また同じ手段を使えば……!」 「そ、そうだ!今回は一人で良いんだから、さっきよりずっと楽だ!」 そして何やら必死に頷き合う。実に単純な思考回路だ。 そこへ、一つの影が歩み出る。 「そのもう一人、アタシがなってあげるよ」 小柄ながら、妙に自信たっぷりのその態度。 奇術師という職業柄登場を演出したいのか、指を鳴らして花を撒き散らしながら、 坂巻マイが現れた。 「マイさん!」 彼女は微塵も警戒することなく、駆け寄っていく。 坂巻は子犬を眺めるような視線で彼女を眺めた後、手の内に隠したままプレートを掲げた。 「豹柄と、あの気弱そうなメガネの番号使って二桁までは手に入れたんだけど、 あと一つがなかなか見つけられなくてね〜。 今の様子だと、ナオちゃん達は二桁目までは手に入れたみたいね」 「そうなんです。あと一人で3桁入手できたんですけど……」 「つーかアンタ、人の様子盗み見てたのかよ。悪趣味だぞ! ま、まさかお前が犯人で西田と大野を!?」 江藤の言葉に、坂巻は鼻を鳴らした。 「アンタみたいに後先考えないブワァッカと一緒にしないでくれる?アタシは慎重派なの」 江藤と坂巻はぎりぎりとにらみ合う。彼女が慌てて間に割って入った。 「と、兎に角!早く3桁目を手に入れましょう。」 「アタシの持ってるプレートには、0と6は入ってないよ。 なんなら、今すぐ見せたって構わないけど」 「よかった!じゃあ、せえので見せ合いましょう!」 「ちょ、ちょっとちょっとナオちゃん!」 今度は江藤が慌てて彼女を止める。 「そんなことしたら、このいかさま手品師は、ナオちゃんの番号だけ見て、 とんずらするかもしれないよ!」 「なにおう!アタシが裏切るって言いたいのか豹柄!」 「豹柄豹柄連呼するな!お前なんか信用できるかよ!」 「お前みたいな役立たずより数倍増だ豹柄ぁ!」 だから、どっちもどっちだ、お前等は。 「もう、やめてくださいってば!」 彼女はよろよろしながら、なんとか二人を引き離す。 「じゃあ……こうしよう」 坂巻が肩で息をしながら言った。 「豹柄が犯人じゃないのはアタシも知ってる。だから、このプレートを一旦豹柄に預ける。 あ、ナオちゃんも預けてね。豹柄がプレートを交換して見せる。 ナオちゃんとアタシがお互いの番号を確認する。 これなら番号だけ見られて逃げられる可能性はないでしょ」 「そこまでしなくても、マイさんは逃げたりしないと思いますけど……」 その言葉を聞くと、坂巻は彼女の頭を撫でて目を細めた。 「アンタは本当に良い子ね〜。でも、どこかの豹柄がうるさいからさぁ」 「お、俺を悪役にすんじゃねぇよ!俺はナオちゃんを心配……」 「いいからさっさと預かりな」 坂巻はぽいとプレートを放った。江藤は慌ててそれを受け取る。 彼女もまた、江藤にプレートを渡した。 「じゃ、交換して……」 受け取った江藤は、彼女に坂巻の、坂巻に彼女のプレートを掲げてみせる。 「はい、確認しました。」 彼女が携帯電話を取り出したのを見届けて、江藤はそれぞれにプレートを返した。 「ほらよ。」 「投げるなっつの。じゃ、アタシはこれで」 すると坂巻は、すぐさま手を挙げて、踵を返した。彼女は目を瞬かせる。 「えー?もう何処かへ行っちゃうんですか?」 「犯人の番号を全部知ったことがばれたら、犯人に狙われやすくなるでしょ。 だから他の容疑者と話してる所を見られないよう、すぐに離れた良いのよ。 それじゃあね」 そう言って坂巻は、廊下の向こうに姿を消した。 「行っちゃった……。じゃあ、送信しましょうか」 そう言って彼女は、にこやかにボタンを押し始めた。 「………ふ」 廊下の隅で、ふっと息を漏らす。 「ふ、ふふふふふ、あははははははははは!」 その溜息は、やがて無気味な高笑いへと変化した。 「ごぉめんねぇ、ナオ、ちゃん♪」 「あ、あのぉ……」 笑いを何とか抑えたその人物に、もう一つ、おずおずと歩み寄る影があった。 その影は、なんとも自信なさげにメガネを押し上げる。 「マイさぁん……いい加減に僕のプレート返してくださいよぉ……」 「冗談。こんな役に立つ物、返す訳ないっしょ」 メガネの男・牧園の頼みも虚しく、高笑いの女・坂巻は手の内でプレートを弄んだ。 「ひ、人のプレート盗むなんて、絶対ルール違反ですよ!」 「盗むぅ?人聞きの悪いこと言わないでよね。アタシは、親切心で落とし物を拾ったの。 ただそれを、落とし主が現れても返さないってだけ」 「そういうのを、拾得物横領って言うんですよぉ! しかも、それを悪用して勝とうだなんて……」 牧園は悲痛な声で叫ぶが、坂巻はやはり相手にしない。 「ゲームの核になる物を落とす、間抜けのアンタが悪いんだよ。 大体、悪用じゃないっての。ちゃんと葛城本人に確認してきたんだから。 禁止されてるのは、暴力行為だけ。 強奪じゃなかったら、他の人のプレートを盗ろうが、 それに手を加えて誰かを嵌めようが、構わないってさ」 坂巻はプレートを指先で器用に回転させ、軽く放り投げてから再び受け止めた。 「アタシの番号じゃ、ちょおっと細工しにくいからね。 アンタの番号の方が都合が良いのよ。こんな風に……」 掲げられたプレートには「802」と在った。 「3を8に書き換えるのは簡単だからさ」 その言葉に、牧園はしゅんと項垂れた。 プレートは金属製。単純な黒のインド式数字で、それぞれの番号が表示されている。 ルームキーのキーホルダーのように、数字の部分だけややくぼんだ形になっているが、 それは触れなければ解らない。 牧園の容疑者番号は、元々「302」であったものを、坂巻が奪い取り、 「802」に書き換えたのだ。 一見した限りでは、手が加えられたことは全く解らない。 「存在しない容疑者番号をメール送信した場合も、その人間は死亡となる。 802が13人の中にいる可能性は、かなり低い。 つまり!この番号をメールした人間は……」 「ナオちゃん……ごめんなさい……。僕が間抜けなばっかりに……」 高笑いする坂巻の横で、牧園はがくりと床に手をついた。 「安心しな。アタシがきっちり勝ってあげるよ。 まぁ、アンタにも2,3万くらいなら分け前あげるから!」 その時、鐘の音が鳴り響いた。死者の名を告げる、あの鐘が。 「ほぅら、来た来た。」 坂巻は手をすりあわせながら、椅子に腰を下ろした。 「お知らせします。また、新たな被害者が出ました」 「はいは〜い、待ってましたよ〜っと」 「ナオちゃん……」 牧園はぼんやりと、葛城の声がする天井の方を見上げた。 「その方のお名前は………」 「江藤さんです」 「よっしゃああああ!あの豹柄、まんまと引っかかりやがったぁあああ!」 椅子に足を乗せてガッツポーズをする坂巻の横で、牧園は益々小さくなった。 「さぁて、お次はぁ〜?」 「以上です」 ぷつりと、マイクを切る音が聞こえた。 「へ……?い、いやいやいや。もう一人いるはずでしょ?」 坂巻が引き攣った顔で呟くが、それ以上葛城の声はしなかった。 「そんな……!だってさっき、番号を確認して……!」 「案の定、偽番号かよ」 背後にした声に、坂巻は縮み上がる。 恐る恐る振り返れば、やはりそこには、江藤と彼女の姿があった。 「マイさん……」 彼女の悲しそうな目に、坂巻は大げさにたじろいでみせる。 「な、なんで……。だってナオちゃんさっき「確認しました」って……」 「確認しました。だから、マイさんがいなくなった後、直ぐに送信しようとしたんです。 でも、秋山さんが……」 彼女は寂しそうな表情で、此方を振り返る。 自分が批難されている気分になるので、出来ればその顔は止めて欲しい。 「秋山が言ったんだよ。本当に正しい番号なのか?ってな」 江藤が彼女の台詞を代弁した。 「俺はただ、記憶違いをしている可能性を指摘しただけだ」 努めて、無関係を装う。これ幸いと、江藤が前に進み出た。 「そこで俺は気付いたんだよ! いかさま手品師のアンタなら、プレートに細工しかねないってな!」 江藤はさも自分の手柄であるかのように、親指で自分の顔を指さす。 「だから、俺がナオちゃんより先にアンタの番号を送信するって言ったんだ。 それで無事に犯人の番号が解ったら、ナオちゃんも送信すれば良いって。 そして……この結果だ」 「ぐ……!」 坂巻は、時代劇の悪役のように顔を歪めていた。彼女はゆっくりと、坂巻に歩み寄る。 「マイさん……」 「うぅっ!お、お願いだからそんな目でアタシを見ないでぇええ!」 余程気が咎めるのか、坂巻は胸を押さえて蹲った。 「アタシもマイナスイオンが欲しかったのよ! それに……馬鹿な男共に副賞をやるくらいなら、アタシが一緒に行ってあげた方が、 ナオちゃんの為だと思ったんだよ!」 そして、追い詰められたサスペンスの犯人のように、何故か動機を吐露する。 「き、気持ちは嬉しいんですけど…… なんで皆さんでユキナさんの言葉を信じちゃってるんですか……」 彼女は困ったように呟いた。 「お話は終わりましたか?」 背後に聞こえた落ち着き払った声に、一同は弾かれたように振り返った。 葛城が、楽しそうな笑みを浮かべて立っている。 「お迎えに上がりましたよ、江藤さん。さぁ、行きましょうか」 江藤は葛城の後に続いて歩き出す。 「江藤さん……」 彼女の声に、江藤は出征する二等兵のような顔で振り向き、 「頑張ってくれよ、ナオちゃん!」 敬礼して、去っていった。 |