『game1』 『とってもあいたいんです。おねがいします。』 何処かあどけない文字でつづられた文章の末尾は、そんな言葉で締めくくられている。 このご時世に、手紙。 連絡先も知っているというのに、わざわざ書簡という形で送られてきたそれは、 12色の色鉛筆で華やかに彩色されていた。どうやら、元々は白紙だったようである。 ここまで飾り付けるには、相応の時間が必要だったろう。 「タチが悪い……」 そんな呟きが漏れた。 余程の気概を持っていなければ、この『招待状』を無碍にすることなど出来まい。 「おねがい」と言いながら、此方が決して断れないことを知っているのではないだろうか。 最も、自分はそれでも切り捨てられる人間だと思っていた。 過去の自分は、復讐心を糧に、あらゆる人間を二度と立ち直れぬ境遇へ追いやった。 満足感など得られないことを知りながら、それでも冷静に、淡々と事を進め、 「彼等」を崩壊させた。 それが公になり、監獄という場所で過ごすことになろうとも、 彼等への怨恨を止めることが出来なかった。 自分を動かしていたのは、いつも彼等への憎悪だった。 彼女に、出会うまでは。 刑期を終えた時、既に自身も終わったものと考えていた。 行く当てもなく、ただそこに「在る」だけで、いつか消えていくのだろうと。 だが、そこに待っていたのは、無へと繋がる道ではなく、 「助けてください」しつこく追いすがる少女の姿だった。 彼女に協力したのは、馬鹿げたゲームの裏に、「彼等」の存在を感じた所為もある。 今思えば、それは自分の言い訳だったのかも知れない。 彼女に手を貸すことを通して、自分が「在る」ことを、感じていたかったような気がする。 意味を見出したいが為に、彼女を利用していたのだ。 そんな自分の思惑など知る由もなく、彼女は自分を頼り、そして成長していった。 誰にどんなに騙されていようと、利用されようと、人を信じ、疑おうとしない。 それは酷く愚かで、気高い姿だった。 いつしか自分にとって、彼女は他とは違う存在になっていた。 揺るぎない信頼を向けてくれる彼女の存在が嬉しく、 それを受け入れるだけの存在でない自分が苛立たしく思えた。 だから、あの「ゲーム」を終わらせたと思った時、彼女の前から姿を消した。 自分は既に、彼女にとって必要のない「物」だと思ったのだ。 仮に、これ以上近しくなったとして、彼女には何の利益もない。 寧ろ、自分の過去が、彼女の枷となる可能性の方が大きいと。 これ以上、関わることもないと、思っていた。 「あ、秋山さ〜ん!」 駅前のなんだかよく分からないオブジェに背を預けていた彼女は、 自分の姿を認めるや、平たい靴をぱたぱたさせて駆け寄ってきた。 親を見つけた幼稚園児のような雰囲気に、呆れとも安堵とも付かぬ溜息が漏れる。 「来てくれたんですね。ありがとうございます!」 何がそんなに嬉しいのか問いたくなるほど、惜しみない笑顔だった。 直視していることが出来ず、顔を逸らして適当に頷く。 「それで?」 自分の問いかけに、彼女は小首を傾げた。疑問を疑問で返さないで欲しい。 彼女の手紙で呼び出しなどするから、此処までのこのこやってきたというのに。 「あ!そ、そうですよね!久しぶりに会えたから、嬉しくって忘れかけてました」 始まった。これだから達が悪いんだ、この子は。 此方の顔が微かに引き攣ったことなど気にも留めず、彼女はごそごそと鞄を漁り始めた。 大体、ゲームを終わらせた日、つまり最後に顔を合わせた時から、 「久しぶり」だの「嬉しい」だのという程時間がたっていないように思うのだが。 暫くして、彼女は「あった!」と鞄の中から葉書らしきものを取り出した。 その隅に、小さく地図が描かれている。彼女はじっとそれを眺めてから、 「こっちです」と一点を指さして歩き始めた。 「おい」 何の説明もなく、道案内とは何事だ。 自分の呼びかけに批難の意図を察したらしく、彼女は振り返って愛想笑いをした。 「行けば、わかりますから」 何だ。何を企んでいる。 「嘘をつくのは苦手だし、顔に出やすい」という自覚はあるようだが、 今回はまた、何か隠しているというのがありありと顔に浮かんでいる。 それがどうやら、自分に不都合な物であるらしいことも。 「……秋山さん?」 解っている。ろくなものが待っていないことくらい。 解っている。今すぐ踵を返して、帰った方が賢明なことも。 そうして不安げに見上げるのさえやめてくれたら、今すぐそれを実行に移すのに。 「まったく、達が悪い……」 聞こえぬ程度の溜息を付き、彼女の後に続いた。 「ナァオちゃあぁぁぁぁ…………き山ぁ!?」 彼女の名を呼ぶ語尾を、自分に対する驚嘆に繋げるな。 住宅街の外れにある、古い洋館。 通されたのは、50人は優に入れそうな、広い部屋だった。 元は応接室か何かだったのだろうか。 隅の方に、テーブルや椅子が強引に押し込まれ、中央に空間を作り出している。 そして目の前には、慣れたくなくとも見慣れたキノコ頭が、わなわなと震えていた。 「ん、ん、んなぁ、なぁ、なぁ!」 「なんでとか言い出すなよ、こっちが訊きたいくらいだ」 キノコ、またの名をフクナガの口から発せられるであろう言葉より、先に言ってのける。 ただでさえ相手を苛立たせることに天才的な才能を持つ男だ。 これ以上騒いで、神経を逆なでされるのは御免である。 キノコは暫し不満そうに萎びた後、暑苦しい表情で彼女を手招きした。 「ナオちゃん、これってひょっとして、ひょっとするんじゃないの?」 「ひょっと?」 彼女は目を瞬かせて、フクナガの顔を見上げた。 「ライアーゲームだよ!やっぱり終わってなかったんだ。だってこの面子見てよ!」 フクナガが視線で示す先には、数人の男女が、思い思いの姿勢で何かを待っていた。 一様に、不安げな面持ちではあるが、共通しているのはそれだけではない。 皆、一度は目にした顔だった。 「おっさん、でっかいの、チビキノコ!」 フクナガは一人ひとり指差しながら騒いでいる。 彼自身とも面識のある連中の筈だが、どうやら名前を覚える気はないようだ。 「眼鏡、チビキノコ、ヤンキー女、ヤクザもん、妖怪A!」 「だぁれが妖怪だ、ブナシメジ!」 妖怪と指名された女・坂巻マイが、見事な回転を付けて靴を投げてきた。 フクナガは妙に俊敏な動きでそれを交わす。 女は地団駄を踏み「いつか殺す」と毒づいた。 ヤンキーと言われた女・麻生ヒロミもまたフクナガを睨んだ後、此方に近付いてくる。 「ねぇナオちゃん、いい加減教えてよ。 なんでこんなエノキダケと一緒にアタシ達を呼び出した訳?」 「御免なさいヒロミさん……それは……」 彼女が萎縮しながらも、口を開こうとした時だった。 「ナオちゃん、お招き有り難う!今日は二人でたっくさんおいしいもの食べに……」 女が一人、扉を蹴り開けるような勢いで入ってきた。 周囲の状況を見渡し、徐々に語尾が小さくなったかと思うと、 ひたりと自分に視線を止め、眉間に深い溝を作った。 「何?この有象無象のおまけは」 「ユキナさん!」 彼女はやはり、嬉しそうな顔で女に駆け寄った。 光沢のある派手な衣装を纏ったその女は、彼女の腕を掴んで引き寄せると、 屈んで彼女に視線を合わせ、諭すように言った。 「こんな連中と居ると、ナオちゃんが汚れるよ。さぁ、アタシと一緒に行こう」 「お前、こんな連中って言えた立場かよ!」 フクナガが金切り声を上げた。お前も似たような立場だと思うが。 「ユキナ……?アンタね、ファイナルでナオちゃんを酷い目に遭わせたって言うのは!」 麻生は、武田ユキナに歩み寄り、ぎろりと睨み付けた。 しかし、武田の方が頭一つ分ほど背が高いため、今ひとつ迫力に欠ける。 そして案の定、武田は麻生を鼻で笑った。 「アンタ誰?ひょっとして、序盤で敗退した激弱プレイヤーの一人かしら?」 「んなぁっ!」 麻生の顔が、般若の如く歪む。 「ぼ、僕らはナオちゃんと協力して、敗者復活戦を勝ち抜いたんだ!」 「そうだそうだ!」 チビキノコとおっさんこと、大野ワタルと土屋ヤスフミが、 麻生に加勢せんと名乗りを上げたが、武田が睨みを効かせると、 さも何もなかったかのように目を逸らした。 「どうせナオちゃんに助けられただけで、何も考えずに参加してたんでしょう? アンタ達にナオちゃんの協力者を名乗る資格なんて無いわ」 「うぐぅっ!」 武田の言葉に、3人は揃って沈黙する。 武田も協力者と言える資格など無いと思うのだが、 その辺りをうやむやにして黙らせる辺り、流石はファイナリストということか。 「こんな奴まで呼び出して、一体どういう事なのナオちゃん?」 坂巻が、彼女の肩に手を置いて問う。彼女は困ったように微笑んでいるだけだ。 「まさか、本当にまたライアーゲームをするっていうんじゃないだろうな」 ヤクザもんと呼ばれた男・菊池翔が、隅の方で不満の声を上げた。 「ナオちゃんがそんなことするわけないじゃないかっ!」 でっかいのこと西田勇一が、大きな顔をずいと菊池に近づける。 その鼻息に荒さに、菊池も少々たじろいだ。 空気がぎしぎすし始めたことに耐えられなくなったのか、彼女が「あの」と挙手する。 「皆さん、理由も言わずに呼び出したりしてごめんなさい。 実は、協力して欲しいことがあって……」 「嫌だよ」 彼女の言葉を遮ったのは、フクナガだった。 一瞬にして批難の眼差しが集まるが、フクナガは悪びれもせずに、机の一つに腰掛けた。 「考えてもみなって。ナオちゃんのおねがいだよ? 『恵まれない子どもたちのために、ボランティアしてください(きらきら)』とか、 そんなんに決まってんじゃんか」 それは彼女の真似をしているつもりなのだろうか。 「一銭の得にもならないことなら、俺はパァス」 そう言って、一体何処に持っていたのか、コーンにのったスナック菓子を舐め始める。 だったらお前は何をしに此処へ来たのだ。フクナガの態度に、彼女はしゅんと項垂れた。 「あんな腐れ茸の言うこと気にしちゃ駄目よナオちゃん」 これ幸いとばかりに、武田が彼女の手を取り、じっと見つめる。 「ナオちゃんのおねがいだもの。アタシは協力するわ。何でも言って」 「ユキナさん……」 彼女はまた、あの縋るような目で武田を見つめ返した。 ファイナルで武田にされた仕打ちを思えば、そんな顔で見るべき相手ではないと思うが。 「実は……」 「うん」 「……私もよくわからないんです」 「え?」 武田だけではなく、その場にいた全員が声を揃えた。 「あの招待状、ナオちゃんが書いた物じゃなかったんですか?」 メガネこと牧園ワタルが目を見開いて言った。 「確かに、あれは私が書いたものなんですけど、おねがいされて書いたんです。 皆さんを今日ここに呼び出してくれるようにって」 「呼び出しって……」 坂巻マイが、眉を顰めて言った。 「一体誰に?」 「それは……」 その時、部屋の扉がゆっくりと開いた。薄暗い室内に慣れた目に、外部の灯りが染みる。 目を細めると、そこには小さな影が一つ立っていた。 「あぁぁあああああああ!!!!!お、お、お、お前ぇえええあああああああ!!!!」 キノコが金切り声を上げる。光に慣れた目に、漸くその姿が映った。 小柄な、栗色の髪を持つ、女の姿。 「私がお願いしたんですよ、皆さん」 その人物、葛城リョウは、涼やかに微笑んだ。 「葛城さぁ〜ん、もう、来てくれないのかと心配になっちゃいましたよ〜」 葛城の姿を認めるや、彼女はぱたぱたと駆け寄っていった。 飼い主を見つけた犬のように弾む足取りに、何故か胸の内に沸と湧き上がるものを感じる。 「お待たせしてすみません神崎さん。此方もいろいろと支度があったものですから」 葛城は小さな笑みを浮かべて、彼女に会釈して見せた。 毛玉にじゃれつく仔猫を眺めるような目は、過去に一度も見たことのないものだった。 一体いつの間に、こんな間柄になったのだろう。 「さて。今日皆さんに集まっていただいたのは、私のご用意した、 あるゲームに参加していただきたいからです」 「はいキターーーーー!!!!」 葛城の言葉に、フクナガが立ち上がって奇声を上げる。 「ハイキタ、ほらキタ、やっぱりキタ! 怪しげなゲームに参加させて、俺達から金をふんだくろうって腹だな葛城ぃ! みんな、騙されちゃいけない!この女は、おっそろしい詐欺師なんだ!」 フクナガの言葉に、一同からどよめきが起こった。 葛城は微かに眉を寄せて、フクナガを見据える。 「貴方に詐欺師呼ばわりされる筋合いはありませんよ、福永君」 「ぐさあっ」 フクナガは胸を押さえてたじろいで見せたが、その表情に悪びれる様子はない。 葛城は、下らぬ小芝居から目を逸らし、全体をゆっくりと見渡した。 「確かに、いきなりこんなことを言うのは失礼だったかもしれませんね。 此処にいる大半の方に、私は面識がありません」 その通りだ。 セミファイナルで戦ったフクナガ・牧園・土田以外は、怪訝な目で葛城を眺めている。 「先に自己紹介させていただきましょう。私は葛城リョウ。 セミファイナルで、神崎さん率いる光の国に、無惨な敗北を喫した者のひとりです」 「か、葛城さぁん……」 彼女は葛城の言い様が気になったのか、服の端を引っ張って、困ったように眉を下げた。 「ふぅん……で?その負け犬さんが、アタシ達に何のようかしら?」 武田が敵意むき出しに、葛城を睨んでいる。 牧園達が怯えたような表情をしていることも有り、他の連中からも警戒心が感じ取れた。 葛城はその視線を楽しむかのように微笑んでいる。 「だから言ったでしょう?ゲームですよ。 実験……と言った方が、相応しいかも知れませんが」 「じ、実験?」 土田が物陰に隠れながら呟く。 捕って食おうというのではないのだから、何もそこまで怯える必要もないだろう。 「私は心理学の研究をしています」 葛城はゆっくりと部屋の中央に向けて歩く。 そして突然、手にしていた杖を西田に突きつけた。 西田は「ひっ」と悲鳴を上げてしゃがみ込む。 「……人の心理は複雑に見えて、実はとても単純なんです。 見ての通り、危険を感じれば身を退き、自分が有利と感じれば前に出て、 より大きな利益を得ようとする」 「それが何だってんだよ」 菊池が不機嫌に言う。葛城は、口の端を吊り上げた。 「人の心理は単純。だからこそ、私はライアーゲームを勝ち進むことが出来たんです。 騙すなんて事なんて簡単なこと。必ず勝てるゲーム………その筈だったんです。 貴女さえ居なければ」 「え……?」 いきなり杖で示され、彼女は自分を指差し、首を傾げる。 「私には、秋山さんやフクナガさんや……皆さんの協力があったから、 あのゲームを勝ち抜いて、終わらせることが出来ただけです。 私自身は、ゲームに勝てる力なんて持ってないです」 「いいえ」 葛城は、彼女の言葉をきっぱりと否定した。 「神崎さん、貴女は普通とは違う。明らかに特殊な人間です。 ……いえ、貴女は本来、人があるべきとされている姿そのものなのかもしれませんが、 それが維持できないからこそ人間は人間であると私は思います。 はっきり言ってしまえば、貴女はおかしいんです」 「は、はぁ……?」 結構なことを言われているにもかかわらず、その大半を理解していないらしい彼女は、 恐縮するばかりだった。葛城はゆっくりと一つ、瞬きをした。 「貴女さえ居なければ、賞金の50億を手にしていたのは私だったでしょう」 「ご、ごじゅっ!」 その場にいた数人が絶句する。 ファイナルの賞金額は、一般的に考えて有り得ない金額なのだから無理もない。 「大した自信だこと……」 武田が舌打ちをした。 そして、此方に目を向け、「何か言え」とでも言うように、顎で葛城を示してくる。 生憎武田に加担する気はないが、葛城の意図が見えないことには、 若干苛立ちに似たものを感じ始めていた。 「なんなのよアンタぁ、さっきから!黙って聞いてりゃナオちゃんに言いたい放題。 喧嘩売ってるんなら、どぉんと買ってやるわよ!」 そんな思いを代表してか、坂巻マイがどすどすと歩み寄り、 顎を上下させながら葛城を睨み上げた。 「別に私は神崎さんを貶している訳じゃありませんよ。 ただ、彼女が興味深いと言っているだけです」 「興味深いぃ〜?」 その言い様が益々気に入らなかったらしく、坂巻マイは更に目に力を込めた。 だが葛城は、やはり毛ほども気に留めず、全体をくるりと見渡す。 「既にお気づきでしょうが、此処にお集まりいただいたのは神崎さんと敵として、 或いは味方としてライアーゲームを戦った方々です。 他にも大勢いらっしゃいましたが、この方々を選んだ理由は……」 その場にいた全員の目の色が変わった。 「特にありません」 「ないんかぁあああい!」 フクナガがゴルフ場のキャディのような高い声で叫んだ。 「彼に教えていただいた「神崎さんにゆかりのある方々」の中から、 ランダムに選出させていただきました」 「彼……?」 大野が首を傾げた。訝るのも当然だ。神崎直は女性、「彼」と呼ぶべき相手ではない。 「この中の何人かとは、面識がお有りだと思うのですが……」 そう言って、葛城は前の入り口の方を振り返った。静かに、扉が開く。 「お久しぶりです、神崎さん」 白髪に、含みのある表情。緑色の目を細めて、その男は言った。 「ヨコヤさん!」 彼女が叫ぶと、ヨコヤを知る面子が一斉に身を退いた。 ヨコヤノリヒコ。3回戦で敵対した火の国を率いていた人物だ。 自分の母親を自殺に追い込んだマルチ組織のトップであり、狡猾な詐欺師である。 3回戦で決定的な敗北に追い込んだものの、彼女の「許してあげてください」という 言葉に逆らうことが出来ず、結局この男まで「救済」する羽目になったのだ。 先日、とある理由で顔を合わせたのだが、出来れば金輪際見たくない顔だ。 自ずと表情が歪んでいく。 「ヨコヤさん、葛城さんとお友達だったんですね!」 嬉しそうに微笑む彼女に、ヨコヤは微かに困ったような顔をした。 「友達……。まぁ……そういうことにしておいてください」 葛城の表情が露骨に歪んだ気がしたが、敢えて触れないでおいた。 「葛城さんから、「神崎さんにゆかりのある方々を教えて欲しい」と頼まれましてね。 皆さんの住所氏名年齢生年月日から、ちょっと公には出来ない趣味まで、 事細かに教えて差し上げた次第ですよ」 「な、なんでアンタがそんなこと知ってんのよ!」 麻生が食って掛かったが、ヨコヤが「知らない方が身のためだと思いますが?」と 微笑むと、渋々引き下がった。 「ちなみに、私もゲームの参加者の一人です。よろしくお願いします」 「ちょっと待てよ!」 菊池が歩み出て言った。 「さっきからゲームゲームって言うけどよぉ、 お前等はあくまでもライアーゲームの参加者だったんだろ? 事務局の人間じゃない。つまり、これはライアーゲームじゃないって事だ。 同窓会じゃあるまいし、いい大人が寄って集ってゲーム大会なんか参加するかよ!」 菊池の言い分は最もだった。 自分達が集まったのは、彼女の「あいたい」という手紙があったからだ。 単純な誘いと解釈した人間も居たようだが、彼女と知り合ったきっかけを考えれば、 何か厄介ごとに巻き込まれているのではないという憶測が浮かぶ。 そうでないと解った以上、葛城の実験に付き合う義理はない。 「私は……」 葛城が口を開いた。 「人は、金銭契約でのみ結びつくことが出来ると考えています」 その言葉に彼女が何か言いたげな顔をしたが、葛城が諭すように微笑むと口を閉じた。 「勿論、ただで付き合ってくれとは言いません。 協力してくださった皆さんには交通費その他を、さらにゲームの勝者には、 それなりの賞金と副賞を用意しています」 「賞金!?いくら!?」 フクナガの目の色が変わる。葛城はフクナガに向き直った。 「貴方はセミファイナルで、私からいくら受け取りましたか?」 「え?ん〜……ぐふふ、2億でござる」 「におっ……!」 フクナガが不気味なピースサインを作ると、その場にいたほぼ全員が絶句した。 「そうでしたね。……では、2億以上はお約束しましょう」 「なっ……!」 全員の顔に、さらなる驚愕の色が走った。 実験のゲームに参加するだけで、2億以上の金を手にすることが出来るというのだ。 「で、でも!一般人がお金を掛けてゲームするのって、まずいんじゃない……かな?」 牧園がおずおずと手を挙げた。 「確かに、一般的にギャンブルは禁止されています。 ただし、これはあくまでも実験です。貴方方はその協力者。 賞金はアルバイト代のようなものだと思ってください」 「おぉ〜」 一同から感嘆の声が上がる。ものは言い様だ。 「難しいゲームではありません。身の安全も保証します。 ただ実験に協力するだけで、お金が手に入る可能性がある。 しかも、ライアーゲームと違って、莫大な借金を負う心配もない。 皆さんにとって、悪い話ではないと思いますが?」 一同は顔を見合わせ、「そういうことなら」と頷き合う。 彼女もまた「よかったですね、葛城さん」などと、嬉しそうな顔をして見せた。 ………おかしい。 あの葛城が、こんなに下らないことに大金を支払うだろうか。 目を向けると、葛城は真っ直ぐに自分を見ていた。 まるで「意図を解き明かしてみせろ」とでも言いたげな笑みを浮かべて。 葛城は、彼女に通じる人間だけを集めた。しかも、ヨコヤもその話に乗っているらしい。 その裏に待つ物が、彼女に何らかの害を及ぼす可能性は、十分過ぎるほど在る。 ならば、自分の取るべき選択肢は一つしかなかった。 「お〜っし、ナオちゃんの頼みだ。実験でも何でも協力してやるぜっ!なぁ、みんな〜!」 フクナガの言葉に、一同から歓声が上がる。 彼女をダシにしているが、結局賞金に目が眩んだと言うことだろう。分かり易い奴である。 お前も「皆さん、ありがとうございます」じゃないだろう。 自分が良いように使われていることに気づいていないのか。 「じゃあ、早速実験内容をどうぞ、葛城先生!」 フクナガが跪いて葛城を示す。葛城は緩やかに笑み、口を開いた。 「ゲームの内容は……」 「お待たせナオちゃん!来る途中で電車が止まっちま……って………あれ?」 絶妙のタイミングで入ってきたのは、ひまわりの花束を抱えた豹柄服の男、 エトウコウイチだった。 |